大学における「合理的配慮」の現在地
2024年4月1日より、障害のある人への合理的配慮の提供が全国すべての私立学校において義務化されます。
独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 で、障害者の教育に尽力する井上秀和さんと伊藤由美さんに、大学がすべき合理的配慮の基礎知識について伺いました。
構成:村山京子
撮影:加々美義人
編集:プレジデント社
独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 井上 秀和氏(いのうえ・ひでかず) 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 発達障害教育推進センター 総括研究員。発達障害のある子どもの教育の推進・充実に向け、教員や保護者への支援を図り、発達障害のある人が充実した生活を送れるよう、情報発信や啓発、調査研究活動を行っている。 |
独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 伊藤 由美氏(いとう・ゆみ) 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所 インクルーシブ教育システム推進センター 総括研究員。地域や学校現場におけるインクルーシブ教育システムの推進を目指し、地域とともに直面する課題解決方法の検討、情報提供や研究活動に取り組んでいる。 |
~ 合理的配慮の必要性
―――2024(令和6)年4月から私立大学でも障害のある学生への合理的配慮が義務化されます。以前から、大学では障害者の受け入れを推進すべきとされてきましたが、その背景について教えてください。
井上 2016(平成28)年に「障害者差別解消法」が施行され、国公立大学を含む公的機関では障害のある人への合理的配慮の提供が義務付けられました。
合理的配慮とは、障害者が社会生活で障害のない人と同じように生活するために、障害の特性や困りごとに合わせて行われる配慮のことです。以降、国公立の大学では障害者を受け入れる土壌が整えられてきました。
伊藤 2018年には、高校でも通級による指導が制度化されています。
これは、各教科の授業は通常の学級で受けながら、障害による学習上又は生活上の困難の改善や、克服することを目的に、個に応じた指導や支援が受けられる制度です。就学前からの切れ目のない支援が、小・中・高とつながってきたことで、大学への継続が望まれています。
―――大学では障害のある学生の支援は進んでいるのでしょうか。
井上 2023(令和5)年の日本学生支援機構の報告では、全体の学校数(大学・短大・高専)の約97%に、障害のある学生を支援する部署が設けられています。しかし、先に義務化された国公立大学と比べると、私立大学の支援は規模によってまちまちで、大学の規模によっては、人員不足から障害のある学生の受け入れをしても支援体制を整えきれていないケースもあります。
―――大学における、障害のある学生数の推移はいかがですか。
井上 全体の数としては増えています。視覚障害、聴覚障害、肢体不自由の学生は減少か横ばいで、大きく増えているのは病弱・虚弱、発達障害、精神障害の学生です(図表①参照)。
ただし、障害への認知が高まった結果がデータとして表れているのか、以前と比べて障害のある学生の数が増えているのかは明言できません。
図表① 障害のある学生の在籍者数
~ 必要な支援は百人百様
―――障害の特性ごとに、それぞれどのような支援が必要になるのでしょうか。
井上 視覚障害は、盲と弱視に分けられています。盲の学生には教科書の点訳、弱視の場合は拡大資料の準備などが挙げられます。
聴覚障害であれば動画教材に字幕や手話をつけたり、講義にノートテイク(講義内容などの音声情報を、リアルタイムに記述して伝える支援)をつけたりすることも。
肢体不自由の場合は休息スペースを設ける、病弱・虚弱の学生には出席に関する配慮、発達障害の場合は履修の配慮や学習指導、精神障害では課題の提出期限の配慮など、実にさまざまな支援内容があります。
伊藤 合理的配慮は、個々の求めに応じて行われるものなので、配慮の内容は一律ではありませんし、受け入れる大学にも対応できるものと対応できないものがあるという難しさがあります
井上 視覚障害、聴覚障害、肢体不自由の学生の場合は、自身が障害について把握しており、大学に何を求めるかも比較的はっきりしています。精神障害の場合は、まずは医療機関と連携しながら手助けをします。一方で、発達障害のある学生への支援は複雑です。
―――発達障害の学生は増加傾向にありますが、支援にはどのような難しさがあるのでしょうか。
井上 小・中・高では教員が生徒や保護者と一緒になって支援内容を考えますが、大学では本人からの申し出が前提になりますし、環境によってその困難の度合いが変化することもあります。そのため、状況によっては困っていることの原因が分からず、支援の申し出ができないこともあります。
―――学生が通っていた高校と大学の連携も重要ですね。
井上 はい、高校で行った配慮について大学から学生の出身高校への照会も増えています。しかし個人情報の取り扱いはデリケートで、高校側はどこまで情報を提供していいのか、悩みを抱えています。
伊藤 先ほどの切れ目のない支援にも関わるのですが、特別支援学級に在籍していたり、通級による指導を受けたりしている児童生徒は、乳幼児期から学校卒業後まで一貫した支援を行うための「個別の教育支援計画」の作成が各学校に義務付けられています。
その資料を大学に引き継げればいいのですが、小学校まで通級指導を受けていても、思春期を迎えると他の生徒と異なることをすることへの抵抗感が高まり、通級指導を受けることをやめてしまう場合があります。すると、そこで支援が途切れて資料が引き継がれず、当然大学への情報提供もできません。
―――大学に入学した後に自分から合理的配慮の提供を求めるのはハードルが高そうですね。
伊藤 子どもたちは通級指導を受ける中で、自分はどういうシーンで困るのか、そのときどんな助けがあればいいのかということも徐々に学んでいきます。しかしその経験がないと、自ら大学の相談室に足を運んで、支援の要求を他人に伝えるのは困難です。/p>
~ 「学びラボ」で始める障害理解
―――障害者支援に向けて大学は何から始めたら良いですか。
伊藤 障害のある学生は、履修について困ることが多く、学生課などの窓口で対応が求められる場合があると思います。また、相談室の職員も特別支援教育の専門家ではないかもしれません。障害のある学生から相談を受ける可能性はすべての教職員にあります。一人ひとりが障害について理解を深め、学生との対話でどのような合理的配慮が必要かを探り、支援方法を考えられるようになることが必要です。
そこで、当研究所では特別支援教育に関する講義を「NISE学びラボ」としてインターネットで無料配信しています(図表②参照)。約170種類のコンテンツがあり、さまざまなニーズに対応しているため、これから私立大学の教職員が障害についての基本的な知識を得る手段として有用だと思います。
図表② 「NISE学びラボ」の受講画面
「NISE学びラボ」(https://labo.nise.go.jp/Elearning/View/Login/P_login.aspx)では特別支援教育についてのeラーニング講座を無料で受けることができる |
井上 合理的配慮が決定されるまでのプロセスを考え、整理しておくことも重要です。学生からの申し出があったときに提出してもらう根拠資料、大学教育の達成においてできること・できないことの基準設定、大学側に過度な負担が生じた場合の対策をどうするか。
大学によって方針は異なると思いますが、プロセスが決まっていれば、支援をモニタリングして、改善することも容易になります。
―――学生と大学、双方の要求が対立した場合、過度な負担を理由に合理的配慮の提供を拒否することはできるのでしょうか。
井上 予算や人員の不足を理由に、一方的に拒絶することはできません。学生の要求100%は合意できなくても、対話によって「できること」を探す姿勢が求められます。
伊藤 よく挙げられる例ですが、車椅子を使用する学生がエレベーターの設置を希望したとします。予算や建物構造上の都合で設置できないとしても、学校はすぐに断るのではなく、別の方法で対応することが必要になります。例えば、1階の教室に変更をしたり、オンラインで講義に参加できるようにしたりといった提案を相互に出し合い、講義を受けられる方法を探します。こうして互いに建設的な対話を重ねなければなりません。
―――合理的配慮の提供を求めるには、障害者手帳や診断書の提出などの条件があるのでしょうか。
井上 入学試験を受ける際に、時間の延長や別室受験などの配慮が考えられるので、試験の公平性を保つための基準として、障害者手帳や診断書の提出を条件とする大学が多いと思います。しかし、入学後の大学生活においては診断書の有無を問うべきではありません。生活に慣れて合理的配慮を必要としなくなる学生もいれば、学部の専門性が高まるにつれて支援の内容が変わってくることもあります。大切なのはその都度話し合って、合意形成を図ることです。
伊藤 進学希望者にとって、大学の支援状況は志望校を決めるための大切な判断材料になります。授業は座学が多いのか、フィールドワークに重きを置いているのか、少人数でのディスカッションや研究発表があるのか……入学前に授業の具体的なイメージができれば必要な支援も挙げられますし、大学側も環境を整えやすくなるはずです。出願前に一度相談に来てほしい、という大学も増えています。
―――卒業後の就労に対する支援はどのように行われていますか。
伊藤 エントリーシートを作成して期日までに提出するといった事務的な面の支援や、ディスカッションやグループワークなど面接対策の支援もあります。就業前に、体調や時間管理のスキルを身につけた方がいい場合もありますね。
井上 仕事を得ることは大切ですが、就職がゴールではありません。卒業後も、自ら支援を求めて対話する力が必要です。既に就労している障害のある方の保護者がいうには、「学校在学中の合理的配慮は子どもを学びのスタートラインに立たせる手助けとなるもので、就労すると状況が変わる。企業は賃金の対価として、合理的配慮に見合う労働を期待しているように感じる」と。つまり合理的配慮を提供する必要があるかどうかを測っている。これは、障害のある人を、支援しなければならない存在としてみていることの表れです。
歴史的な偉人の中には、発達障害があったのではないかと思われる方がいます。ダイバーシティの観点からも「支援がないとできない存在」ではなく、「環境によって、自分たちにはない能力を発揮できる存在」と考えることができれば、誰もが活躍できる環境を整える手がかりになるでしょう。大学もその視点に立ち、当事者との対話を積み重ねることができれば、今後の取り組みが変わってくるのではないかと期待しています。
ワンポイント復習講座
○ 合理的配慮について事例紹介 駒澤大学
前回:気になる年金 3つの誤解を解く!:監修:日本私立学校振興・共済事業団 年金部
前回:定年=強制退職が存在する理由:山田篤裕
前々回:アップデートされた「退職金」のいま:谷内陽一