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定年=強制退職が 存在する理由

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現在、政府は高年齢者の活躍を促していますが、定年制を定めない組織はそれほど多くありません。そもそもなぜ、定年制度があるのでしょうか。定年延長が難しい理由とともに探ります。

構成:秋山真由美 
撮影:神出 暁  
編集:プレジデント社

BILANC32ワンポイント 復習講座 第2回(65歳定年) 慶應義塾大学教授
山田 篤裕氏(やまだ・あつひろ)
慶應義塾大学経済学部教授。国立社会保障・人口問題研究所研究員、経済協力開発機構(OECD)社会政策課エコノミストなどを歴任し、2002年より慶應義塾大学経済学部専任講師。12年より現職。『高齢者就業の経済学』(共著、日本経済新聞社)で2005年、日経・経済図書文化賞を受賞。

~生産性と賃金を釣り合わせる

定年は、英語ではmandatoryretirement(強制退職)といいます。それにしても、なぜ「強制退職」なのでしょうか。米国の労働経済学者エドワード・P・ラジアー教授は、1979年に出した論文の中で、「賃金が生産性よりも高くなるから、強制的に退職させるのだ」と説明しています。
そこでまず、賃金と生産性の関係を見ていきましょう。両者の関係性を示すモデルの一つが図表①です。これは、機械設備投資と同じように、労働者の生産性は教育訓練を施すほど高まるという人的資本理論に基づいたものといえるでしょう。経験年数が延びていくと生産性が上がり、賃金も上がっていくのです。しかしこのモデルでは、定年(強制退職)制が存在する理由を説明できません。年齢とともに生産性が上がり続け、それによって企業も儲かり、ふさわしい賃金を支払い続けることが可能ならば、定年(強制退職)させる必要がないからです。
そこでラジアーは、「生産性と賃金には乖離があるのではないか」と考えました。そのことを説明するために提唱したのが、図表②のモデルです。

BILANC32ワンポイント 復習講座 第2回(65歳定年)
・ⒶとⒷが等しくなる年齢を定年とする。・モデルを簡潔に示すため生産性は一定と仮定。

このモデルは、若年期には実際の生産性よりも低い賃金を支払い、勤続が長くなるほど、生産性を上回る賃金を支払うことを示しています。そして、働く期間全体を通じて、生産性と賃金が釣り合う時点が定年(強制退職)になるとしています。この図のように、「生産性未満の賃金」を受け取る部分と、「生産性以上の賃金」を受け取る部分の面積が等しくなり、釣り合いがとれるところが定年のタイミングというわけです。これが、定年が存在する理由です。このモデルで説明されると、定年制は企業にとって合理的で、労働者の立場からも納得感があるでしょう。
このモデルでは、労働者は若年期に企業に貸しをつくっていることになります。貸しを取り戻す前に解雇されたら損をしてしまうので、労働者はより多くの賃金を得られるまで一生懸命働こうと努力します。このことは、輸送船の船頭と漕ぎ手にたとえられます。漕ぎ手が怠けたら輸送船の船頭はムチで打つ。ひどいことをしていると思われるかもしれませんが、実は船頭は、「自分たちが怠けないように」と漕ぎ手が雇っているのです。漕ぎ手はムチで打たれたくないので、怠けることなく一生懸命漕ぐ。そうすれば、船は速度を上げ、荷物が早く到着する。それで、たくさんの賃金をもらえる。恐ろしい船頭を雇うのは、漕ぎ手にとってメリットがあるからなのです。

~定年年齢が上がらない理由

図表②を見ると、定年年齢が引き上がらないのは当然といえるでしょうが、ほかにも定年が延びない理由は二つ考えられます。
一つは賃金の調整が難しいから。図表②のモデルによると、定年を引き延ばした場合、仮にそれ以降の賃金を一定にしても企業の持ち出しになってしまいます。持ち出しにならないように定年年齢を引き上げるには、賃金の角度を緩くして、よりフラットにしていかねばなりません(図表③参照)。この賃金のフラット化が簡単ではないのです。賃金をフラット化するには、全年齢で賃金を下げる必要があります。これは人事的には一大事。労働組合が強い企業であれば簡単ではないでしょう。ただ、現実には、賃金をフラット化して帳尻合わせをうまく行いつつ、定年を遅らせる企業も出てきています。
もう一つの理由が、定年(再雇用)時に賃金を下げることが難しいから。図表④のようにすれば企業が損をすることはありませんが、労働者のモチベーションは下がってしまいます。

BILANC32ワンポイント 復習講座 第2回(65歳定年)

私の研究でも、定年(再雇用)時に賃金を大幅に下げる企業は、継続雇用の割合が非常に低くなっているという結果が出ています。ただし経済学的な側面でいうと、必ずしも賃金カットは乱暴な手段ではありません。というのも、図表④の通り生産性と賃金が一致する場合には、労働者が損をするというものではないのです。
現在、定年年齢を65歳以上に設定している企業の割合は、大企業よりも中小企業(従業員が30~99人)のほうが高比率になっています。その理由は、中小企業は人手が集まりにくいことと、規模が小さいため労働者をモニタリングしやすく、生産性と賃金を一致させやすいためだと思われます。

~より良い継続雇用のあり方

2025年4月以降は継続雇用制度の経過措置の終了により、65歳までの勤務を希望する全従業員を、企業が継続雇用しなければならなくなります。しかし、それによって継続雇用の希望が100%通るわけではありません。企業によっては、定年前に出向や転籍、あるいは役職定年といった形で他社へ振り分けをはじめるからです。
ただ、こうしたことは、長期的には是正されていくでしょう。労働力が減少する中で、自社で雇用した人たちには、長く働いてもらわなければならないからです。加えて今後、年金改革により、公的年金の給付水準が2割引き下げられていくと、高年齢者は働かざるを得なくなります。したがって就業率は上がっていくでしょう。これまで労働者側としては、65歳以上になると年金を受給し、働く必要がなくなるため、「定年延長の必要性を感じていない」という側面がありましたが、今後はそうも言っていられません。
留意しておきたいのは、65歳を超えると能力の個人差が大きくなる点です。企業側は継続雇用するときに、各人の能力や仕事内容を勘案しながらフェアな対応をして、就労意欲を失わせないことが重要です。加えて別の問題として、定年後にホワイトカラーから現場業務へと仕事内容が変わることもあるため、労働環境の安全面でより一層ケアが必要になります。
働く側としても、定年年齢が高い職場のほうが魅力的だというのは、私自身も感じています。長く働き続けるためには、労働者のリスキリングも不可欠。スキルの更新が求められるのです。
とはいえ個人が今後伸びる企業や業界を判断して、そのスキルを磨くのは困難。企業がリスクをとって労働者に身につけてもらいたいスキルを訓練し、それにより生産性をアップさせていくのが理想です。企業にもプラスになりますし、労働者もより長く働けるようになっていくと期待できます。

ワンポイント復習講座
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