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名言の宝庫ギリシア&ローマの哲学者に学ぶ

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構成:田之上信 
編集:プレジデント社

※前回(2018年)のインタビューはこちら(BILANC vol.15)

歴史を生き延びた「知」に宿る、現代でも通じる普遍

BILANC30「和・洋・中、「古典」を嗜む」小川仁志先生 哲学者・山口大学国際総合科学部教授
小川 仁志氏(おがわ・ひとし)
京都大学法学部卒、名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。博士(人間文化)。商社マン、フリーター、公務員を経た異色の経歴。専門の公共哲学の観点から、「哲学カフェ」をはじめ哲学の普及活動を行っている。Eテレの哲学番組などメディア出演も多い。著書に『前向きに、あきらめる。』(集英社クリエイティブ)など多数。

~“思考法”を発明したソクラテス

「哲学」の一般的なイメージとしては、近代の哲学者カント、ヘーゲル、デカルト、ニーチェらの名前を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、その発祥は古代ギリシアまで遡り、二千数百年前アテネを中心に発展、その後、ヘレニズム期の哲学を経て、古代ローマの哲学が登場したというのが大きな流れです。この流れをもう少し細かく見てみましょう。
まず、古代ギリシア哲学は、大きく2つに分かれます。ソクラテス以前と以後です。ソクラテス以前の哲学者は、タレスやピタゴラスのように、自然現象などを対象に思考していました。それに対して、ソクラテスは人間のあり方、生き方を問うたのです。
ソクラテスの哲学は、方法の上でも画期的でした。人間の新しい思考法を発明したといっていいでしょう。有名な「問答法」です。相手と対話し、問うことによって、考え方を吟味させ、相手の口から答えを導き出す。同時に、問答法は自分にも当てはめられます。自分自身に問いかけ、考えを吟味し真実に近づこうと試みるのです。
ソクラテスの後、弟子のプラトン、その弟子のアリストテレスらが哲学を発展させていきます。古代ギリシアの崩壊後、ヘレニズム期の哲学者が現れました。これも大きく2 つに分けられます。エピクロス派(エピクロス)とストア派(ゼノン)です。前者は快楽主義、後者は禁欲主義です。
その後、古代ローマに突入。有名なのは後期ストア派のセネカ、マルクス・アウレリウス、エピクテトスらです。この時期に活躍した哲学者には、ほかに道徳哲学のキケロ、キリスト教哲学のアウグスティヌスがいます。

BILANC30「和・洋・中、「古典」を嗜む」小川仁志先生

~「幸福」とは「生きがい」である

不確実性の現代において、古代ギリシア・ローマの哲学から学べることは多くあります。哲学は二千年以上生き残ってきた「知」ですから、その内容や言葉は普遍性を帯びているのです。
例えば、アリストテレスは「共同体主義」や「中庸」の大切さを説いています。古代ギリシアの都市国家ポリスという比較的小規模な共同体の中で、人が助け合いながら生きていくこと、加えて、共同体に貢献していくことが大事だとしているのです。中庸とは、自己主張などはほどほどにとどめた方が、物事がうまく進み、自分も幸せになれる、自己主張が強すぎると、相手から攻撃されたり、嫌われたり、自分の権利を失ったりする、ということを意味します。
ただ、注意していただきたいのは、共同体主義も中庸も、自己を犠牲にすることではありません。西洋哲学では必ず「自分」が中心にあります。共同体主義も、自分だけを重視するのではなく、自分というのは共同体の中にあることを意識するのが大事だということです。
また、アリストテレスは人生において何が幸福なのかも説いています。共同体主義や中庸の実践を通して「エウダイモニア(幸福)」を見出すことが大事だといっています。ここでいう幸福とは、刹那的な幸福感ではなく、「生きがい」だと、私は理解しています。

BILANC30「和・洋・中、「古典」を嗜む」小川仁志先生

この点も現代社会に当てはめられます。目先の欲望を満たすことに気を取られて、生きがいを考え、追い求めることをないがしろにしている時がありませんか。それが、現代人の不幸の原因ではないかと思います。最近、Well-beingが注目されているのも、単なるHappinessではなく、アリストテレスの説いた生きがいの大切さと同じなのではないでしょうか。
仕事でも、お金のために仕方なく働いていると思うのではなく、誰かの役に立っている、社会に貢献しているという意識を持てれば、取り組み方も変わってくるでしょう。それがそのまま生きがいになるかは別として、生きがいを形成する一部にはなり得ると思います。

当たり前を疑い、自分で考えることによって世界の見え方が変わる

~自分の務めが何なのかを問い直す

一方で、多くの人がなんとなく生きづらさを感じている現代において、改めて自分の存在意義、使命感を意識することが大切ではないでしょうか。そこでおすすめなのが「自分を鼓舞する哲学」です。その代表格が、古代ローマのマルクス・アウレリウスです。彼は第1 6 代ローマ皇帝として、戦場で自分を鼓舞しながらメモを取り続けました。それを集めたのが『自省録』です。
『自省録』で私が一番好きなのは、「人間の務めを果たすために、自分は朝起きるのだ」という言葉です。朝、起きるのがつらいと感じた時、人間の務めを果たすため、自分が生まれた役目を果たすために起きるのだと自らを鼓舞するのです。
これは起床時に限ったことではなく、日常や仕事でダラダラしてしまう時などにも、自分は何のために働いているのか、自分が持つ何かしらの能力をどう生かすべきなのかを問い直すことで、自分を律することができると思います。
哲学というのは、単に考えることではなく、常識を超えて考えようとすることです。当たり前を疑うこと、答えは一つではなく、相対化していろいろな見方をすることです。ただ、それだけだと「悪しき相対主義」になりかねないので、そこで終わるのではなく、多様な視点からもう一回まとめ直す行為が大事になります。
哲学的思考により、世界の見え方が変わってきます。日常生活が豊かになり、ビジネスにおけるイノベーション創出にも有効です。
哲学の古典に興味を持たれた読者の方は、物語やエッセイ的な本から入るのがおすすめです。例えばプラトンの『ソクラテスの弁明』。文庫で非常に薄く、読みやすいです。前述のマルクス・アウレリウスの『自省録』もおすすめです。基本的に古代ギリシア・ローマの哲学は、平易な内容が特徴です。
また、哲学の予備知識があった方が理解しやすいので、入門書を手元に置いておくといいでしょう。拙著ではありますが『図解 小川仁志のやさしい哲学教室』(三笠書房)など、入門書を読んでから古典を手に取ると、理解しやすく、発見もあって楽しめるのではないでしょうか。

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