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元祖ビジネス書、『徒然草』の人生指南

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構成:八色祐次 
撮影:石橋素幸  
編集:プレジデント社

親しみやすさの中に潜む〝人生のヒント〞が、心をつかむ

BILANC30「和・洋・中、「古典」を嗜む」吉田裕子先生 国語教師
吉田 裕子氏(よしだ・ゆうこ)
東京大学教養学部超域文化科学科を首席で卒業。学習塾や私立高校などで講師を経験し、現在は東進やGnoble の教壇に立つ。また、カルチャースクールや公民館で古典入門、文章の書き方講座などを担当し、幅広い世代からの支持を集める。著書に『仕事は「徒然草」でうまくいく 【超訳】時を超える兼好さんの教え』(技術評論社)など。

~楽しめて示唆に富む!日本三大随筆の一角

『徒然草』は、鎌倉時代に兼好法師( 以下、親しみをこめて「兼好さん」) によって書かれた随筆で、広く大衆にまで親しまれるようになったのは江戸時代のことです。
吉原での遊び方や“ あるあるネタ”をまとめた『吉原徒然草』という本が江戸時代に出ているのですが、パロディが成立するには、元ネタが広く知られていなくてはなりません。このことからも、『徒然草』の認知度の高さがうかがえます。
長年読まれ続けているのは、短編読切作品のように段ごとに楽しめる親しみやすい内容であるのに加え、現代でも人生や仕事に役立つ示唆に富んでいるからです。
例えば、第五十五段では家の造り方についてこと細かく記されています。「住まいは夏を考えて造りなさい」とか、「庭に川を造るなら浅いほうが涼しく感じる」、「天井を高くすると冬は寒く照明も暗くなる」などとかなり具体的なアドバイスが続く中に、ふと人生のヒントが出てきます。「家を造るときは用途を決めていない部屋や場所を設けておくといい。そういう遊びの部分が、実はいろいろ役に立ってくる」と。これは家に限ったことではありません。組織でも遊撃要員のような人たちがいることで、いざというとき柔軟な対応がとれます。時間や心にも余裕があったほうが、状況が変化したときにしなやかに対応できるものです。こういった人生に役立つ豆知識のようなものがふんだんにちりばめられているところが、大衆の心をつかんだのでしょう。

~700年前にデザイン思考を先取り

私が考える『徒然草』の凄いところは、今の時代にも通じる普遍的な学びや気づきが得られるところです。例えば、第百五十段は、ビジネスにおけるデザイン思考を彷彿とさせる内容になっています。
「何かを身につけようと思ったとき、中途半端な実力のうちはこっそり練習して、完璧にできるようになってから披露しようと思っている人は、一生上手にならない。下手なうちから上手な人に交じって、笑われてもめげずに練習していった人が最終的に上手になる」
と兼好さんは言います。たとえ完璧な商品でなくても市場に出して、社会のニーズや流行などとのずれを確認し、フィードバックをもらいながら改善を繰り返すという思考は、今や商品開発の手法として確立しつつありますよね。新人の成長を考えた場合も、先輩たちの中にどんどん入っていって、意見やアドバイスをもらった方が早いはずです。
第二百十一段のように、メンタルマネジメントに関するアドバイスが書かれている段もあります。「信頼したり、期待したりしすぎるから裏切られたときの恨みや怒りが大きくなるのだ。他人の厚意をあてにしてはならない。必ず心変わりをするので思い通りにならない場合がある。少し距離をとって期待しすぎない方が、良い結果を素直に喜べるし、悪い結果になったときもダメージは少ない」
もっともな話ながら、目をかけて育ててきた後輩や学生に期待するなといっても難しい。だから、こういったアドバイスは身近な人に言われると、受け入れにくいものです。しかし、7 0 0 年前の人に言われると、不思議と素直に心に入ってきます。こういった説得力も古典の良さだと思っています。

BILANC30「和・洋・中、「古典」を嗜む」吉田裕子先生

「問いかけ」を読者なりに考え、真理にたどり着くきっかけにも!

~読むたびに響く段が変化する

古典を読むとき、作品名や作者、概要をしっかりと把握し、最初から順に読んでいこうとする人がいますが、『徒然草』はもっと気楽に楽しんでもらいたい作品です。
段ごとのつながりが薄く、どこから読んでも差支えはありません。内容も『論語』の真似をして書いているところもあれば、老荘思想や仏教の影響を受けているところもあります。かと思えば、恋愛にまつわる内容があり、そこは『源氏物語』のような優美な文章でつづられているのです。しかも、段によって兼好さんの主張が変わっていることも。このあたりの揺らぎがあることも読み手の想像をかき立ててくれて面白いものです。
そのため、最初から順番に読み進める必要はなく、パラパラとめくっていって目に留まった段、何かを感じた段をじっくり味わってみてください。そして、そこで語られている内容や気づいた教訓を自分の身近な体験に置き換えてみると、スッと頭の中に入ってきます。
第百五十段をデザイン思考と、第二百十一段をメンタルマネジメントと結び付けたように、ビジネスや仕事、会社や学校などで見たり聞いたり体験したりしたことになぞらえることで、さらに考えが深まっていくかもしれません。
また、『徒然草』には人生の名言や普遍的な教えのようなものがたくさん詰まっていると同時に、読み手に問いかけてくる側面もあります。兼好さんの主張に共感できないときは、自分ならどう考えるか深めていくことで、自分なりの答えや真理を見つけることができるかもしれません。
時間を空けて繰り返し読むこともおすすめです。そのとき自分が抱えている悩みや視座によって、心に刺さる段は変わっていくからです。最近の私のお気に入りは、第七十五段。SNSなど情報発信のメディアが発達して身の回りに情報が溢れ、心があちらこちらへ揺さぶられがちな現代に、大切な何かを教えてくれるような気がするからです。興味がわいたら、ぜひ読んでみてください。

BILANC30「和・洋・中、「古典」を嗜む」吉田裕子先生

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