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ガセに踊らされず正しい“ネタ”を掴む!

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構成:熨斗秀信 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

疑わしい情報や気になる情報は、少しでも調べる癖をつけたい

BILANC24「ファクトフルネス」高橋先生 リサーチャー
高橋 直子氏(たかはし・なおこ)
1998年からテレビリサーチャーとして数々のテレビ番組制作に携わる。2007年からは國學院大學大学院文学研究科でメディアと宗教をテーマに研究(2018年、博士課程後期修了)。現在は明治学院大学国際学部付属研究所研究員。著書に『テレビリサーチャーという仕事』『オカルト番組はなぜ消えたのか』(青弓社)、共著に『神道はどこへいくか』(ぺりかん社)など。

~世界初の背番号はヤンキース?

ソーシャルメディアやインターネットで情報があふれる「高度情報化社会」の今、ファクトフルネスが注目されるのはごく当たり前のことだと思います。特にコロナ禍で、「どの情報を信じたらいいのかわからない」と不安に感じる人も多いことでしょう。
ですが、流行語のような「ファクト」にふりまわされるのも考えものです。昨今のファクトフルネス・ブームでは、事実(fact)と真実(truth)が混同されている節がありますし、事実を掴めば真実がわかるわけではありません。
とはいえ事実を掴まなければ、判断が難しい場面は多々あります。そこで私がリサーチャーとしてどのように事実確認(裏取り)を行っているのか、お話ししましょう。
リサーチャーの仕事は、テレビの番組制作に必要な情報を集めたり、真偽や事実関係を確かめたりすること。情報を取捨選択し、番組をつくるのは制作スタッフの仕事で、番組づくりに必要な判断材料を提供するのが、リサーチャーともいえます(図表①参照)。

BILANC24「ファクトフルネス」高橋先生図表

以前、こんな依頼がありました。
「世界ではじめて背番号を付けたのがニューヨーク・ヤンキースという話があるのだけれど、裏を取ってほしい」
もしも事実なら、ヤンキースの歴史と伝統を語るうえで、とても魅力的なエピソードです。しかし調べてみると、メジャーリーグで年間通じて背番号をつけた最初のチームは、確かにヤンキースだったのですが、同じ年にクリーヴランド・インディアンスも背番号を採用していました。しかもメジャーリーグ史上、初めて背番号をつけて試合をしたのは、インディアンスだったのです。

~百科事典と国語辞典が信頼できる2大情報源

「メジャーリーグ初の背番号はヤンキース」は、一つの事実です。でも、同時期に背番号を採用したチームは他にもあり、また、ラグビーやマラソンでは、それ以前から背番号を採用していましたから、「世界初」とはいえません。安易に「初」を強調して、視聴者に「フェイクだ」と受け取られては元も子もありません。
正直、私から見てリサーチ不足を感じる番組は少なくありませんが、だからと言って「あらゆる情報の真偽を疑ったほうがいいですよ」というのも無理な話です。まずは、ご自身が関心のあるテーマだけでも、気になる情報を得たらリサーチする癖をつけてみてはいかがでしょうか。それが、ファクトフルネスの第一歩になるはずです。
その際におすすめの情報源が、百科事典と日本国語大辞典の2つ。まず、百科事典は、専門家が「定義」から記述するものですから、引けば「基礎」から知ることができます。私もリサーチを受注すると、テーマの全体像を把握するため、ブリタニカやニッポニカなどを引くことからはじめています。
日本国語大辞典は、小学館が発行する国内最大規模の国語辞典です。この辞典で重宝するのが、さまざまな言葉の初出情報。その精度がとても高いのです。
これら2つの情報源で基礎的な事実を押さえれば、あとは、書籍や論文、インターネット検索で情報を加えて、テーマをどんどん掘り下げていけます。もっとも、これはリサーチャーの仕事の手順(図表②参照)。ニュースでちょっと気になったことを、ここまで深追いするのは大変と思われるかもしれませんが、正しく「定義」を知ると、不正確な情報に気づけるようになりますから、事典類の活用は本当におすすめです。

BILANC24「ファクトフルネス」高橋先生図表

~常に意識したい情報収集の3原則

リサーチャーが扱う情報には3つの原則があります。それが「情報源の明記」「複数媒体でチェック」「その情報が受け手に与える影響への配慮」です。
先ほど「2大情報源」をご紹介しましたが、基本的に、出所不明の情報は信用しません。それに、同じ話題でも複数の媒体で確認して、それぞれでの報じられ方をチェックします。さらに、視聴者に不快感を与えたり、誤解や拡大解釈を招いたりするような表現は除きます。この3原則はリサーチャーに限らず、皆さんが広報物をつくる際などご活用いただけると思いますよ。
また、当然のことながら、客観データを収集すれば、ガセネタに踊らされるリスクを減らせます。とはいえ、客観データのみを見るのは現実的ではありません。例えば、気温や湿度、風向きなどの気象データは100%客観的なデータですが、それだけで明日の天気はわかりません。誰かにデータを解釈してもらわざるを得ないのです。その視点として、気象庁の予報を信頼してもいいし、ベテラン農家を信頼してもいいでしょう。
どちらを頼っても構いませんが、大切なのは、予報が外れたとき「解釈した人は、どこでデータを読み違えたのか」と検証できることです。情報源(データ)と予報という情報(解釈)が把握されていれば、検証できます。情報収集では、確かな出典、情報源を頼っていれば、仮にそれが間違いだったとしても「なぜ間違えたのか」を検証し、次に生かすことができます。
加えて、情報収集を行う際には「なぜそれを調べるのか」という動機づけが重要です。なぜ、何を目的に調べるのか、曖昧なままでは情報収集に迷いが生して、リサーチは進みにくくなるものです。調べる動機があってはじめて、何を確認すべきか、自分の中で情報をたどるプランを組み立てることができます。このプランがあるからこそ、情報に踊らされず、主体的に情報収集できるのです。
「それ、本当?」と疑い、「なぜそれを調べるのか」と目的意識を持つこと。これらの積み重ねによって、少しずつ事実が掴めれば、真実も見えてくると思いますよ。

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