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賢い人ほどとらわれる10の思い込み

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構成:桑原奈穂子 
編集:プレジデント社

私たち先進国の人間は、事実に基づく世界の見方ができていない

BILANC24「ファクトフルネス」関先生 翻訳家
関 美和氏(せき・みわ)
翻訳家、杏林大学外国語学部准教授。慶應義塾大学文学部・法学部卒業。ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。主な翻訳書に、『FACTFULNESS』(日経BP)、『TED TALKS』(日経BP)、『アイデアの99%』(英治出版)など。

~事実に基づいて世界を見ているか?

日本でミリオンセラーとなった『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(日経BP)。まだ読んでいない方のために、共同翻訳をさせていただいた立場から本のエッセンスをご紹介したいと思います。
この本の著者は医師であり、感染症の専門家でもあるハンス・ロスリング氏です。氏はアフリカやアジアの途上国を中心としたさまざまな地域で感染症研究をする中で、自分が見ている本当の世界の姿と、多くの人たち、特に先進国の人たちが見ている世界の姿は違うのではないかと気づきます。つまり、私たち先進国の人間は、事実に基づく世界の見方ができていないのではないか―と。
そこでロスリング氏は、事実に基づいて世界を見ることができているか否かをはかる「チンパンジークイズ」をつくり(図表①参照)、14ヵ国・1万2000人に質問をしました。その結果、チンパンジーに勝った、つまり三つの選択肢をランダムに選んだ場合に出るはずの正答率30%以上の人はわずか10%。80%の人は世界の姿を実際よりも悲観的に見ており、しかも専門家や学歴が高い人、社会的な地位がある人ほど正答率が低いことが分かったのです。(残り10%はチンパンジーと同じ正答率でした。)

BILANC24「ファクトフルネス」関先生図表

その原因について、ロスリング氏は「ドラマチックすぎる世界の見方」にあると指摘しています。「世界では戦争、暴力、自然災害、人災が絶えず、貧富の差はどんどん広がり、貧困や病気は増え続け、資源も枯渇していく」といったネガティブな世界の見方が、私たちに刷り込まれているというのです。

~10の本能が世界の見方を狂わせる

なぜそうした誤った認識が生まれるのか。それは、人間が誰しも持っている「世界をありのままに見せてくれない10の本能」にあるとロスリング氏は言います。その本能とは、以下のようなものです。
ネガティブ本能:人は物事のポジティブな面より、ネガティブな面に注目しやすい習性がある。そのため、世界はどんどん悪くなっていると思い込んでしまう。
直線本能:物事が直線的に増え(減り)続けるという思い込み。こうした思い込みが、例えば「世界の人口はひたすら増え続ける」といった勘違いを生む。
恐怖本能:危険でないことを恐ろしいと考えてしまう思い込み。リスクとは危険の大きさと頻度の掛け合わせだが、人は小さなリスクでも理不尽に恐がる習性がある。
犯人探し本能:誰かを責めれば物事は解決するという思い込み。他の原因に目が行かなくなり、同じ間違いを防げなくなってしまう。
他に、世界は分断されていると思い込む「分断本能」、目の前の数字がいちばん重要だと思い込む「過大視本能」、一つの例がすべてに当てはまると思い込む「パターン化本能」、すべてはあらかじめ決まっていると思い込む「宿命本能」、世界は一つの切り口で理解できると思い込む「単純化本能」、いますぐ手を打たないと大変なことになると思い込む「焦り本能」があります。そして、これら「10の本能」について、ロスリング氏は自分自身の失敗談などを例に挙げて分かりやすく教えてくれます。

長い歴史を見れば、実は社会も人もよい方向に変わっている

~ファクトフルネスを日本人が求めるワケ

『FACTFULNESS』は世界的なベストセラーとなっていますが、中でも日本は世界トップの販売部数を記録しています。その要因に、日本人が悲観的なことがあるのではないかと私は考えています。
例えば、複数の国の若者を対象にした内閣府の調査では、「自分自身に満足している」「社会を変えられるかもしれない」「将来に希望が持てる」と答えた人の割合が、日本は他国に比べて著しく低いという結果が出ています(図表②参照)。

BILANC24「ファクトフルネス」関先生図表

また、OECD(経済協力開発機構)が行った調査でも、「自分は健康だと思いますか」という質問に対して「健康だと思う」と答えた人の割合は、加盟国の中で下から2番目とかなり低い部類となっています。しかし現実は、寿命の長さや生活の質を見ても、日本はもっとも健康な部類といえるのです。
こうしたことから、私たち日本人は事実と自己評価の差が激しく、しかも悲観的なほうに大きく偏る傾向があるのではないかと思います。そして、だからこそ『FACTFULNESS』を読んで「自分は少し悲観的すぎたかもしれない」と自らを省みるとともに、この本に癒やされ、励まされた方が多かったのではないでしょうか。

~小さな進歩に気づき、未来に貢献しよう

ロスリング氏は「ドラマチックに世界を見なくてもいい」と述べていて、これが事実に基づいて正しく世界を見るための大きなヒントになると思います。そして、「事実を正しく見る」「危険を正しく恐れる」「長い歴史を見れば、社会も人もおそらくよい方向に変わっていく」という意識を持つことが重要だと私は考えています。
また、「10の本能」はがんばっても消せませんが、大切なのは自分にも他人にもそうした思い込みがあることに気づくことです。そのうえで、思い込みからくる失敗を自分にも他人にも許すこと。それがよりよい社会をつくるために必要だとロスリング氏は伝えたかったのではないかと思います。
私たちは物事や世界がどんどん悪くなっているように思いがちですが、実は社会も人もよい方向に変わっているのです。
小さな進歩に気づきましょう。そうすることで、悲観的な気持ちに変化が起こるはずです。すると、世界のよりよい未来をつくるために、自分も何か貢献したい―。そんなポジティブな気持ちが湧いてくるのではないでしょうか。

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