組織は「質問」次第で、大きく変わる(粟津恭一郎氏)
特集企画Date: 2025.12.12
構成:秋山真由美
撮影:神出 暁
編集:プレジデント社
![]() |
ICF プロフェッショナル認定コーチ 粟津 恭一郎氏(あわづ・きょういちろう) シンクワイア株式会社 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際経営学専攻修了。ソニー株式会社で人事、経営戦略等を担当。2019年にシンクワイアを設立し、現職。上場企業経営者を中心に累計250人以上にエグゼクティブコーチングを実施。京都大学iPS 細胞研究財団 アドバイザー、中央大学大学院 戦略経営研究科 客員教授。 |
エグゼクティブコーチという仕事を通じて、これまでに多くの大企業の経営者に質問をし続けてきました。20年以上、毎日、何時間も「質問する」という行為と向き合ってきて、はっきりわかったことがあります。それは、「人は質問に支配されている」ということです。
私たちは普段から無意識のうちに、自分自身に質問することで意思決定をしています。「明日の会議は何時からだっけ? 」「何を準備すればうまくいくかな?」と心の中で質問することで、出掛ける準備をしたり、資料の作成に取り掛かったりしています。人がどのように考え、どのような行動をとるかは、自分に対して発する質問に左右されているのです。
質問は基本的に、When(いつ)・Where(どこで)・Who(誰が)・What(何を)・Wh y(なぜ)・How(どのように)という5W1Hと、対象との掛け合わせでできています。しかし、私たちが無意識に行っている質問には、思っている以上に「癖」や「偏り」があります。
あなたの職場にも、「どうすれば学生はもっと満足するだろう?」と問い続ける人がいれば、「どうすれば仕事が早く終わるだろう?」と問い続ける人もいるはずです。
日々投げかけている質問が違えば、見える景色も、行動も、積み上がる結果も、変わります。毎日同じ質問だけを投げかけていれば、行動も人生も変化することなく過ぎていきますが、これまでと違う人生を手に入れたいのであれば、これまでとは違う新しい質問をすることが必要です。
~組織の風土を変える「良い質問」の極意
では、どのような質問が人の思考や行動を変えるのでしょうか。ここで、「良い質問」について定義してみたいと思います。良い質問には、2つの軸があります。1つ目は「相手の役に立つこと」。2つ目は「相手の中にまだない視点であること」です(図表①参照)。

質問されることによって、新たな気づきが生まれ、その人の新たな思考や行動を引き起こす力があるのが良い質問です。良い質問は他者に気づきを与えるだけでなく、自分自身に向けることで、仕事のクオリティも人間関係も、ひいては人生の質さえも向上させることができます。
質問は、個人に影響するだけではありません。チームや組織にも多大な影響を及ぼします。組織内で繰り返される質問は、その組織の文化や風土とも密接な関係があり、集団の本質を表しています。
例えば、トップが常に「来年度の志願者数の見通しはどうなっている?」と質問していれば、何よりも高校生へのアプローチを重視した文化が育まれます。「学生は満足しているか?」という質問をしていれば、意識は自然と在学生に向いていきます。
あるメーカーでは、不祥事をきっかけに「対話を重視する文化」をつくろうとしました。最初は役員が中心になって推進していましたが、まったくうまくいきませんでした。そこで、現場で日々質問を発する立場にある中間管理職を巻き込み、「どんな質問が組織を変えるのか」を共に考え続けました。その結果、組織全体が、互いに耳を傾け、対話する文化へと変わっていったのです。
組織を変えたいのなら、「質問を変える」こと。メンバーの一人ひとりの心の中にどんな問いを持ってもらいたいのかを考えて、質問することが大事です。
~良好な関係づくりに「質問力」が役立つ
皆さんの中には、学生や同僚と面談したり、1on1の時間を持ったりする人も多いのではないでしょうか。組織で働いている人にとって、良い質問をする技術は、組織でのキャリアアップや、チームの仲間との良好な関係づくりに役立ちます。そして、質問力を高めることはちょっとした心掛けからスタートできます。
質問には、良い質問だけではなく、相手を萎縮させたり、関係を険悪にしたりする「悪い質問」、相手との関係をつくるのには役立つけれど気づきが少ない「軽い質問」、答えにくいけれど気づきを促す「重い質問」があります。
まだ信頼関係を築けていない相手には「軽い質問」をして、情報収集したり、距離を縮めたりしていくといいでしょう。釣りが趣味の人に「最近はどんな魚が釣れましたか?」と聞くように、相手が答えやすい質問をしていくのです。自分も相手も答えを知らないことを、あえて「これはどうしたらいいと思いますか?」と質問してみると、一気に関係性が深まることもあります。
ただし、「誰にとっても良い質問」というのはありません。相手が答えたくない質問をしたり、周囲に人がいる場で踏み込んだ質問をしたりすると、信頼関係が損なわれるので気をつけましょう。
質問をするときには、目の前の相手をよく観察することです。心地よく話せているか、答えたいと思っているか、表情がこわばっていないか……。そうしたことを見極めながら質問します。このとき、質問はなるべく自由に答えられるオープン・クエスチョンを用います。「はい/ いいえ」で答えられるクローズド・クエスチョンでは気づきを得にくいのです。オープン・クエスチョンのほうが、思考が深まります。
~「内在化」した質問を組織を動かす力に
相手のペースに合わせて話したり、目線を合わせたり、うなずいたりすることで「あなたの話に関心がある」と意思表示をすることも大切。それが相手に安心感をもたらします。もしも話が進まないと感じたら、「今、どんなことを感じていますか?」「もう少し聞いてもいいですか?」と確認してもいいでしょう。質問は、相手の意識をこちらに向けることになり、タイミングや状況によっては負担になることもあるので、最初に「質問してもいいですか?」と許可をとることも、大切な関係構築の一歩になります。
良い質問が続くと、その質問はやがて内在化します。内在化した質問は心の中の問いに変わり、問いが変われば、思考が変わります。そして思考が変われば行動が変わり、行動が変われば人生そのものが変わります(図表②参照)。

今の時代は、正解のない問いに向き合う力が求められています。もし自分で新しい質問を生み出すことが難しければ、生成A I などを活用し、自分では思いつかない質問をたくさんつくってみてもいいでしょう。その中から「自分にとって必要な質問」を選びとり、内在化できるようになれば、その問いを自分の中でブラッシュアップしていくことも大切です。
質問は、誰にでもできる、もっともシンプルで、もっとも影響力のあるコミュニケーションスキルです。質問力を磨くことは、自分自身の人生を豊かにし、周囲の人の可能性を広げ、組織を動かす力になります。
同テーマの記事はこちら
○ 気軽に「NO」を言えるのが、健全な組織:石井遼介
○ 失敗は仕方ない。重罪なのは決めないこと:安藤広大

