気軽に「NO」を言えるのが、健全な組織(石井遼介氏)
特集企画Date: 2025.12.12
構成:秋山真由美
撮影:神出 暁
編集:プレジデント社
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データサイエンティスト 石井 遼介氏(いしい・りょうすけ) 株式会社ZENTech代表取締役 東京大学工学部卒、シンガポール国立大経営学修士(MBA)。 組織・チーム・個人のパフォーマンスを研究し、アカデミアの知見に基づき、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。 2017年より日本オリンピック委員会より委嘱され、オリンピック医・科学スタッフも務めた。 |
「言うべき意見が言えない」「報告や相談がしにくい」「新しい提案が出てこない」
そんな職場の空気に心当たりはないでしょうか。そうだとすれば、あなたの職場は「心理的安全性が低い」といえます。
心理的安全性とは、地位や経験、立場にかかわらず、お互いに言うべきことを率直に言える関係性があることです。勘違いされがちですが、心理的に安全なチームとは、「仲が良い」「アットホーム」「何でも許される」チームではありません。「メンバー同士が健全に意見を戦わせ、生産的で良い仕事をするために力を注ぐことができるチーム・職場」のことです。たとえ、メンバー同士で楽しく雑談ができていたとしても、仕事を進めるうえでの懸念点や違和感といった“ 言いにくいこと” を安心して言えないのなら、心理的安全性が高いチームとはいえません。自分以外のメンバーの意見が一致しているときでさえ、「それ、おかしくないですか?」と気軽に反対意見が言える。それが、心理的安全性の高いチームなのです(図表①参照)。

心理的安全性が高ければ、安心して挑戦でき、チーム内での学習が促進されます。中長期的にみれば、パフォーマンスや生産性、エンゲージメントの向上、離職率の低下にもつながるのです。
~発言意欲を奪うのは「バカにされる」との不安
では、心理的安全性が低い状態とはどのようなものでしょうか。自分の発言や行動に対して、誰かに「無知・無能・邪魔・ネガティブ」と思われるかもしれないと感じているとすれば、それは心理的安全性が低い状態です。新しいアイデアを出したときに、「それ本当にうまくいくの?」と言われる。勇気を出して相談したのに、「そんなこともわからないの?」と返される。そんなやりとりが続けば、メンバーは「何か言えば否定される」と学習し、発言を控えるようになるでしょう。その結果、仕事のミスやトラブルがあっても一人で抱え込んだり、隠したりするようになります。問題の早期発見が難しければ、不正行為や不祥事、離職のリスクも高まります。
権力格差(パワーディスタンス)の大きい組織も心理的安全性を損ないがちです。上司が“雲の上の存在” のように感じられると、部下は意見が言えなくなり、指示待ちの姿勢が強くなります。工夫や改善の意欲が薄れ、組織の活力も失われます。このように、心理的安全性は単なる職場の安心感ではなく、パフォーマンスや成果に直結する重要な基盤でもあるのです。
~相手の話は最後まで聞き感謝には理由を添える
私たちの研究チームがこれまでに約30,000人、3000チームを調査したところ、日本の組織の場合、心理的安全性を感じやすい要素として、「① 話しやすさ、② 助け合い、③ 挑戦、④ 新奇歓迎」の4つの因子があることがわかりました(図表②参照)。中でも「話しやすさ」は最も重要で、他の3つの因子の土台ともなるものです。心理的安全性を感じられる職場にするためには、この4つの因子に基づく行動を増やすことが大切です。

まず、マネジャーやリーダーの立場にある人が意識したいのは、メンバーから質問や相談をされたら、「相談してくれてありがとう」と言葉にして伝えること。そして、途中で相手の話を遮ったり、口を挟んだりせず、最初から最後までただ“ 聞ききる”ことです。すぐに解決する必要はありません。「この人に相談していいんだ」「次も相談したい」と相手に感じてもらうことが重要です(図表③参照)。

役職や立場にかかわらず、理由を添えて感謝の思いを伝えるのもおすすめ。例えば会議で上司が自分に話を振ってくれたら、「先程はありがとうございました。話を振っていただいたので、意見が言いやすかったです」と、具体的な理由をつけて感謝を伝えます。すると相手は、自分のふるまいの何が良かったのかがわかるし、仕事上の良い指針として次に生かせるようになります。
~個人の行動を変え組織の文化を形成する
自分の行動を変えることができ たら、次は、周囲に働きかけていきます。例えば、「学生の満足度を向上させるための意見を言い合える心理的に安全なチームを目指したい」と宣言し、一緒に行動する仲間を増やしていくのです。チームを持っているなら、独自の共通語やルールをつくるのも効果的です。ある企業では、「『確認いいですか?』と聞かれたら、必ず『確認ありがとう』と返す」というルールを設けたところ、誰もが安心して確認ができるようになったといいます。
このとき、自分自身の行動を振り返って、もし自分のふるまいが周囲の心理的安全性を損ねていたと自覚したなら、「今まではできていなかったけれど、これからはみんなの報告は最後まで聞くようにします」などと約束することも大切です。せっかく心理的に安全なチームをつくろうとしても、これができないと「おまえが言うな」状態になり、説得力がなくなってしまうからです。
心理的安全性というと、「意見を言われたら何でも受け入れなければならないのでは」と思われることがありますが、決してそんなことはありません。意見や要望は「受け入れる」のではなく、まず「受け止める」ことが重要です。自分の感情や評価はいったん傍らに置いて、「あなたはそう考えたんだね」と受け止め、「なぜそう考えたのか」を掘り下げていくことです。そのなかで、自分の知らない事実や新しい発見に気づけるのが心理的安全性の高い対話だといえるでしょう。特に管理職の方は、相手の話を正解かどうかでジャッジしたり、自分のモノサシを当てながら聞いたりする場合が多いのですが、それは指示命令や指導であって、対話ではありません。相手を変えるのではなく、お互いが変わる可能性を見出すという覚悟を持って対話を重ねることで、話しやすい空気が醸成されていくはずです。
心理的安全性は一方通行ではなく、双方向の関係性の中で育まれるもの。一人ひとりがこうした行動を意識し、積み重ねていくことで、組織の文化として根付いていきます。多様な専門性や価値観を持つ人々が共働する大学においても、お互いを尊重し、安心して意見を交わせる環境づくりが欠かせません。チームの全員が自由に意見を述べ、挑戦できる心理的安全性の確保が重要です。AIが台頭し、変化の激しい時代だからこそ、心理的安全性を組織の文化として育むことが求められるのではないでしょうか。
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