前向き思考を生む〝ペップトーク〞の鉄則(占部正尚氏)
特集企画Date: 2025.08.20
構成:江頭紀子
撮影:神出 暁
編集:プレジデント社
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一般財団法人日本ペップトーク普及協会 常務理事 占部 正尚氏(うらべ・まさたか) マーケティングオフィス・ウラベ代表。 経営コンサルタント。営業マン・コンサルタント・講師の3分野で実績をあげ、その経験を基に研修プログラムを開発。マーケティングやロジカルシンキングをテーマとした研修を多数実施。著書に『部下のやる気を引き出すワンフレーズの言葉がけ』(日本実業出版社)など。 |
何やっているんだ! それじゃあ、ダメじゃないか―。そんなふうに一方的に言われたら、誰でもやる気を失いますよね。その反対に、相手をやる気にさせる方法が「ペップトーク」です。ペップ(pep)には「元気づける」「励ます」という意味があり、ペップトークは「わかりやすく、行動指針を明確に伝え、相手のネガティブな発想をポジティブに変換する、肯定的なショートスピーチ」と定義されます。米国のプロスポーツ界で生まれたものですが、近年はビジネスの場や教育現場、家庭内にも応用されて成果が出ています。
ケネディ大統領の就任演説や、スタンフォード大学の卒業式で行われたスティーブ・ジョブズのスピーチなどに心を揺さぶられた人もいるのではないでしょうか。もちろん当人たちはそれと意識していたわけではないでしょうが、これらもペップトークに当てはまります。
~3つの承認と4つのステップで実践
「言葉がけ(相手に言葉をかける行為)だけで人をやる気にさせるなんて、それは優れた指導者だからできることだろう」と思われるかもしれません。しかし、ペップトークはたった4つのステップを踏むだけで、誰でも実践できるコミュニケーション術なのです。
1. 事実の受け入れ
ないものねだりをするのではなく、現状を受け入れ、その中で最善を尽くす方法を探しましょう。
2. ポジティブな捉え方への変換
同じ事実でも、どう捉えるかによって解釈は複数存在します。
3. 肯定形での言葉がけ
相手に何かを期待する際は、「○○をするな」といった否定形ではなく「〇〇してほしい」と肯定的な言葉を選んで伝えましょう。
4. 背中の一押し
「頑張れ!」といったストレートな応援も大切ですが、「何かあったらフォローするよ」といった安心させる言葉も効果的です。
この4つを意識することで、相手の性格や立場、状況に応じた言葉がけが可能となり、相手のモチベーションを最大限に高めることができます。そうすることで「リソースフルな状態」を生み出すことができるのです。「リソース」とは「資源」を意味しますが、人間について語る場合は潜在的に秘めている「能力」を指します。つまり、まだ表面には出ていないその人の能力を、言葉がけで発揮させる、成果の出やすい状態に言葉で持っていく、ということです。
そもそも人のモチベーションはどんなときに高まるかというと、自分が成し遂げた「結果」、今取り組んでいる「行動」、そして「存在」そのものを承認されたときだとされています。この“3つの承認”を得られれば、部下は心理的安全性(自分の意見が拒絶されないと感じる状態)を確保でき、リソースフルな状態を生み出しやすくなるのです。
特に近年は両親が共働きなどで忙しいからか、子どもの頃から承認欲求が強い人が多い傾向にあります。上司はこの“3つの承認”を意識して、接すると良いでしょう。
~“Yes&Better”を意識した言葉がけ
モチベーションを高めるために
は承認することが重要ですが、人
はどうしても、「欠けた部分」や「で
きていない部分」が気になるものです。そのため、つい否定の言葉
から入ってしまうことがあります。
例えば、若手社員が作成した企
画書が期待外れの内容だったら、
「これじゃあダメ」と言いたくな
りますよね。しかし、“But&Yes”
(相手を否定してから指示を出す)の
言葉がけだと、言われた側は心の
シャッターを下ろしてしまい、そ
の後どんなことを言っても相手に
届いていきません。そうではなく、
まずはできている部分を承認しま
しょう。「企画書を作成してくれて
ありがとう」と感謝を伝え、「こう
書き直すともっとよくなるよ」と、
改善の方向性を示す“Yes&Better”
(肯定してアドバイスする)の言葉がけ
であれば、相手は受け入れやすく
なります。大切なのは、言葉の順
番なのです。
ペップトークを導入したことで、職場がリソースフルになった事例は数多く報告されています。
例えば、ある会社の営業部門では、上司が部下に否定的なことばかり言っていました。部下は「何を言っても否定されるから、もう話したくない」と感じ、営業部内のコミュニケーションは不足。営業活動は上手くいかず、売上も伸び悩んでいました。ところが、上司が意識的にペップトークを使うようになると、部下は「自分の発言が否定されない。話していいんだ」と感じるようになり、積極的に上司へ意見を言うように変わっていきました。その結果、営業活動が順調に進み、売上アップにつながったというのです。
「肯定的な言葉ばかりだと部下を甘やかすことになるのではないか」と心配する人もいるかもしれません。しかし、ペップトークはまず「事実の受け入れ」から始めるため、できていない部分よりもできている部分に着目します。「できていない部分」を指摘して叱り飛ばすよりも、「できている部分」を伸ばし「できていない部分」をどう改善するかを肯定的かつ具体的に伝える方がはるかに建設的です。そうした言葉がけであれば、部下を甘やかすことにはなりません。
~今すぐ取り組むべし3つのトレーニング法
ペップトークを習得し、部下のパフォーマンスを最大限に引き出すためには、3つのトレーニングを実践することをおすすめします。
まず「ありがとう」という言葉を、いろいろな場面で使うこと。感謝されて不快になる人はいませんし、“あ”という母音から始まる言葉は力がこもり、記憶に残りやすいのです。部下が具体的な成果を出したときでなければほめることは難しいですが、「ありがとう」は意識的に演出できます。例えば「会議の資料を用意しておいて」と指示を出した後、作業が終わった際に「ありがとう」と伝えてみてください。
2つ目は、1~2日に1つで構いませんので、ネガティブな言葉をポジティブな言葉に変換する練習をしてみましょう。部下がミスした際も、「改善点が見つかったね」のように前向きな言葉に言い換えてみるのです。これを続けるとポジティブな言葉遣いが自然と身に付きます。
そして、3つ目は「難しい」という言葉を使わないこと。新しい意見が出た際、「それは難しいのでは」と言ってしまいがちですが、この一言はそれまでの議論を台無しにしてしまう可能性があります。
言葉は、人・物・金・情報・時間に続く「第6の経営資源」とも言われます。ペップトークを身につけて、メンバーのやる気を引き出し、組織を強くしていきましょう。
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