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土台は「全人教育」。社会に役立つ人材を育成

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今求められる「社会に役立つ人材」とはなんでしょうか。高等教育機関の役割の一つである人材育成について、当財団の理事でもある学校法人玉川学園理事長の小原芳明先生に、当財団常務理事の大沼がお話を伺いました。

bilanc16特集記事
左から、当財団 常務理事 大沼聡、玉川学園 理事長 小原芳明氏


※2018年7月発行BILANC vol.16に掲載
構成:吉村克己 
撮影:小田駿一 
編集:プレジデント社

※2021年のインタビューはこちら(BILANC vol.25)

~ 学生評価を国際基準化

大沼 玉川学園は創立者の小原國芳氏が提唱された「全人教育」を理念に、幼稚園から高等学校、大学まで一貫した「K-16」教育を実践するなど、ユニークですばらしい人材育成をされています。大学全入時代といわれるなかで、大学教育のあり方についてどう思われますか。

小原芳明先生(以下、「小原」) 全入時代とはいっても大学進学希望者が100%には達していないし、社会人の「学び直し」が必要といわれているので、まだ大学は状況を楽観視しています。しかし私は、これからの大学は根本的に考え方を改めるべきだと思っています。
今までは学歴が社会の階層をつくってきましたが、現在は大学の名前で階層ができるようになった。ちょっと過激ですが、学歴が「人の上に人をつくる」としたら、大学名は「人の下に人をつくる」。このままでは、歴史の浅い大学や地方の大学は消えてなくなります。
こうしたことが起こるのは、大学の評価が「入り口」で行われているからです。入学時の応募倍率や偏差値で評価されているんですね。でも教育の価値は本来、卒業時点で測られるべきものです。そのためにはどのような人材を評価するのか基準を持たないといけませんが、その議論はなされてません。
本学では、単位の実質化(大学設置基準に基づいた単位当たりの授業・授業外学修時間数の厳格化)に取り組みつつ、学生の成績評価の適正化も進めています。従来はほとんどの学生が進級し卒業できましたが、欧米の大学では、授業へどれだけ参加・貢献したかで評価する「クラス・パーティシペーション」という考え方があります。我々もそうした国際基準の学生評価を含めて、一定の成績(学びの質)を収めないと進級できない制度を取り入れています。
欧米の大学で当然のことを、本学でも実践しようとしています。

大沼 まったく同感です。私はアメリカと日本で教育を受けましたが、日本では欧米をお手本に翻訳したものを、そのまま教育しています。各大学のオリジナリティや付加価値がないので、何を学んだのかが問われず、それが学閥を生んだのです。
私は文化服装学院の学院長を務めていましたが、入学生のなかには他大学の卒業生が何人もいました。親にいわれて仕方なく大学を出てみたものの、どうしても洋服がつくりたくて文化服装学院に入学しているのです。日本を代表するファッションデザイナーの山本耀司さんもそうです。
こうした学生は、当然ながらモチベーションが高いので、より人材に付加価値をつける教育を提供しなければなりません。高等教育は、社会で通用する人材を育てることがミッションであり、文化服装学院の場合は、多くの世界的デザイナーが生まれています。正しい意味で欧米をお手本にするのであれば、大学の評価は、こうした卒業生をもってなされるべきです。玉川学園はそれを分かって実践されています。
 

~ 「苦労」が人を育てる

小原 本学は教員養成に力を入れており、卒業生に教員が多いのはもちろんのこと、全国の校長や教育委員会の委員になっている人も多い。
就職率も年々上がっており、企業のトップからは、当学園の卒業生は下支えの仕事もできるし、リーダーシップもあるとお褒めいただいています。学園のモットーが「人生の最も苦しい、いやな、辛い、損な場面を真っ先きに微笑を以って担当せよ」でして、嫌な仕事をすすんで引き受けることもリーダーシップであると教育しています。

大沼 そのような道徳、価値観の教育は重要ですね。高い知識や技術があっても、心に問題があると台無しですから。

小原 創立者が1921(大正10)年に理想の教育を「全人教育」と命名し、教育は6つの価値「真」「善」「美」「聖」「健」「富」の創造と位置づけました。人は知識だけあっても社会の役に立ちません。行動するときに正しく判断できるのは、倫理観があるからこそ。いくら知識があっても、使い方を間違えては意味がありません。

大沼 TAP(玉川アドベンチャープログラム。クリックで特集記事に移動します)も、玉川学園の教育で大きな役割を果たしていらっしゃいますね。

小原  TAPは「お互いの信用は培っていくもの」という考え方から成り立っています。メンバー同士の相互信頼を強くすれば、個人では不可能な力を得ることができる。これが個人主義の欧米で生まれたのは面白いですね。ドイツの教育者であるクルト・ハーンがイギリスで提唱した概念なのですが、ある知り合いの教育学者が「もし創立者の小原國芳とハーンが対談したら、お互いに意気投合したろうね」というので、興味をもって調べてみると、確かにハーンの理念と本学の全人教育は共通点が多かった。それで2000(平成12)年から取り入れました。
 

~ 9月入学も実現したい

大沼 アメリカの組織論の一つに、プロのスキルをもった人たちが同じ思いでチームをつくれば理想の組織になるという考え方があります。その土台となるのが道徳教育だと思います。

小原 実はTAPを小中高校の道徳教育にも取り入れようとしています。相互信頼と一体感を醸成するには格好のプログラムです。

大沼 TAPは身体を使って学ぶので、脳の発達にもいい影響があるのではないでしょうか。

小原 身体を動かすことは重要で、現在、実験しようとしているのが「立ち学習」です。座ると姿勢が悪くなり、呼吸が浅くなって眠くなります。立ちながら授業を受け、場所を変えたり、グループを入れ替えたりしながら行うアクティブ・ラーニングがどんな効果をもたらすか、大学生から始めてみようと思っています。

大沼 最後に、私立大学ならではの可能な取り組みとは何でしょうか。

小原 現在、教職課程では大学4年間の124単位に加えて、59単位を別途取らなければなりません。この負担が大きいので、本学ではその59単位を124単位に入れました。学士課程の選択科目を見直すとともに、そのなかに59単位を組み込んだのです。これは私学だからできるので、国公立では難しいでしょう。また、教員にも修士であることが求められるようになっていますが、4年間にプラス2年間は親の資金負担も大きいし、就職も遅れます。そこで、高校3年時に大学の32単位を取得させて、大学入学後にその単位を認定し、5年間で修士まで取れる仕組みを検討してもよいと考えています。
9月入学についても、小学校入学から実施できないか模索中です。明治期にできた4月入学制度ですから、運用実態での変更もあり得ると思います。留学や海外での学習にメリットのある9月入学を、何とかやり遂げたいと思っています。

大沼 本日はありがとうございました。

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お話を伺った方
小原 芳明 氏:
学校法人玉川学園理事長・玉川大学学長・玉川学園学園長。
1994年、玉川学園理事長に就任後、小学校レベルでは初となるテレビ会議システムによる国際交流プログラムを開始するなど、時代の流れに応じた教育改革に着手。2007(平成19)年には国際バカロレア(IB)プログラムを導入、16年には3歳と6歳を対象にした日本語・英語バイリンガル教育を開始した。現在、私立大学退職金財団理事。

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