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A Iに負けない 「アート思考 」仕事術

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構成:秋山真由美 
撮影:中西ゆき乃  
編集:プレジデント社

BILANC32「アート」のある生活 和佐野有紀先生 アートコミュニケーター・医師
和佐野 有紀氏(わさの・ゆき)
東京医科歯科大学医学部医学科卒業。耳鼻咽喉科医師として勤務のかたわら、2018年に慶應義塾大学アートマネジメント分野にて前期博士号取得。PROJECT501を原宿にて主宰。20年より、Smiles遠山正道氏による“新種のimmigrations”事務局長を兼務。昨年、現代アーティストさわひらきと英国人建築家AB Rogersによる共創スタジオを金沢にてプロデュース、運営に携わる。共著に『アート・イン・ビジネス』電通美術回路編(有斐閣)。

ビジネスにおいて最近、注目を集める「アート思考」は、アーティストが作品を生み出す際のプロセスをトレースする思考法です。デザイン思考が外から与えられた課題を解決するための他人軸の思考法であるのに対して、多角的に事象を捉えることで課題を抽出し、自分なりの答えを出す自分軸の思考法です(図表①参照)。

BILANC32「アート」のある生活 和佐野有紀先生

アーティストは、0から1を生み出していると思われがちですが、実はそれだけではありません。その過程において世界をつぶさに観察し、自分なりの問いを立て、想像力を働かせて、表現を生み出しています。そしてその結果としての作品を共有し、見る人に委ねていきます。目の前に広がる空を見て、「空だな」で終わるのではなく、「どこからどこまでが空なのか」「空とは、空(くう)ということなのか」「空(くう)と無はどう違うのか」など、空をよく観察し、常識を疑い、想像力を働かせ、考えをめぐらせる。その姿勢そのものがアート思考だといえます。そのように世界を見ていくと、自分が見ている世界がただ1つではなく、別の立場や視点から見たらまったく違う世界が広がっていることに気づくはずです。

~正解がないアートに自分なりの問いを立てる

アート思考を取り入れるためには、できるだけ多様なアートに触れることです。同じ作品を見ても、人によって感じ方が違います。同じ人が同じ作品を見ても、状況や気分によって見え方や感じ方は変わっていきます。その見え方、感じ方こそが“その人らしさ”です。
アートには正解がありません。いや、「すべてが正解」といってもいいでしょう。アートに触れることによって、自分なりの問いを立て、想像をめぐらすことで、多角的な視点を手に入れることができます。つまり自分起点で問いを立てることからはじまるのが、アート思考の特徴だといえます。
想像をめぐらすためには、まず対象に興味を持つこと。とはいえ、人は苦手なものには興味は持てません。職場にも苦手な人や意見が合わない人はいるでしょう。ただ、そういう相手でもよく観察してみると、「今日はいつもと違うな」「あの発言はどういう意味だろう」と、気になる部分が見つかると思います。まず相手の視点で世界がどう見えているのかを考えてみると、コミュニケーションの糸口が見えてくるのではないでしょうか。

~悩んだときこそアート思考で自己認知

仕事だけでなく、ライフステージの変化などで、「自分はこのままでいいのか」と迷ったり、行き詰まったりすることもあると思います。忙しい、自分について深く考える機会や、悩みや考え事でいっぱいになった頭の中を整理する時間がないこともあるでしょう。
そんなときこそ、アートに触れる絶好の機会です。最初の一歩として、現代アートはおすすめです。一般的に、現代アートは難しいと思われがちですが、現代アートは、自分と同じ時代を生きているアーティストが作り出しているものです。本来は共有できるものが多いはず。ギャラリーに行くのはハードルが高いと感じる人は、東京だけでなく京都や大阪などに、複数のアートギャラリーが集う「アートフェア」を訪れるのもいいでしょう。
気になる作品を見つけたら「きれいだな」と感じるだけではなく、じっくりと観察してみてください。「私にはこう見える」「何かに似ている」など、作品を見たときに感じた印象について、「なぜそう思ったのか」「どこにそれを感じたのか」をどんどん掘り下げていきます。
アート鑑賞を通して自問自答を続けることで、「私はこんなメンタリティーなんだ」「本当はこうしたいんだ」など、自分を俯瞰してみられるようになります。
悩みそのものをどうにかしようとするのではなく、自分自身の視点をずらしたり、自分のスタンスを変えたりすることで悩みが解決することもあるのです(図表②参照)。

BILANC32「アート」のある生活 和佐野有紀先生

~ビジネスシーンでも自分の“志向”を出す

私は耳鼻咽喉科の医師でもありますが、医療とアートは一見関係ないように見えて、とても似ています。医師としては、正しい診断・治療を行うだけではなく、患者さんの考え方や背景にまで興味を持ち、医師の視点と患者の視点、それぞれの文脈をすりあわせていくコミュニケーションが必要になってきます。なぜなら、医療にも、すべての患者さんに当てはまる絶対的な正解はないからです。
患者さんの抱える精神的・経済的不安、家族の問題など、一見医療とは関係のないところにまで想像をめぐらせ、目の前の患者さんの視点にも立ってさまざまな角度から検討し、納得のいく選択をしてもらえるように治療法を提示する。治療法には早く解決する可能性は高いが高額なものや費用とバランスがとれたものなど、患者さんごとの正解があります。そうして患者さんと信頼関係を築くことができれば、患者さんにより良い結果をもたらすことが多いのです。きっと皆さんの仕事でも同じことがいえるのではないでしょうか。ちなみに、ビジネスという言葉は古英語から転じている言葉で、「ケアする」「気にかける」という本質的な意味合いが含まれています。想像をめぐらせたうえで、他者のために行動する、つまり利他的な行為こそがビジネスのもともとの目的なのではないかと思います。
ところで多くの組織では、属人化はデメリットだと考える傾向がありますが、私はいい意味での属人化は大事だと考えています。アート思考で発見した極めて「自分らしい」問い、つまり属人的な感性こそがイノベーションの原点です。属人化しないということは、自分の仕事を誰かに取って代わられる可能性があるということ。自分より効率的に働ける人は必ず出てきますし、AIはその最たるものです。自分の一度きりの人生を何に費やすのかという意味でも、もっと「自分はどうしたいか」を追求していくべきだと思います。
組織の歯車として動くのもいいですが、歯車ではオーダー以上の結果を出せません。時にはスキップしてみたり、猛スピードで走ってみたりすることは、社会を変える起爆剤になりえるのではないでしょうか。いきなり変えるのは難しくても、自分が倒れない程度に、自分の感じた違和感などについて勇気を持って自分らしい提案や意見を表現してみると、案外誰かが興味を持ってくれるはずです。そして、その勇気を後押ししてくれる存在がアートです。皆さんもぜひ、アートに触れることからはじめてみてください。

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