「怒り」を抑え、部下に効く「叱り」に(伊藤拓氏)
特集企画Date: 2022.12.09
構成:田之上信
撮影:石橋素幸
編集:プレジデント社
「抑制」と「発散」の適切なコントロールを意識することが重要
精神科医 伊藤 拓氏(いとう・たく) 東京大学理科Ⅱ類卒業後に医師を目指し、横浜市立大学医学部医学科に再入学。卒業し内科研修を1年履修した後、精神科に興味を抱き、東京都立松沢病院で2年間研修する。1993(平成5)年に医師免許、1998(平成10)年に精神保健指定医免許を取得。現在、大内病院精神神経科医師。著書に『精神科医が教える 後悔しない怒り方』(ダイヤモンド社)など。 |
~生物の警報ブザー。生存に欠かせない機能
「怒り」は一般的にネガティブな感情だと思われています。しかし、生物学的には重要なファクターの一つで、「警報ブザー」のようなものなのです。人間以外の哺乳類も怒りの感情を持っていて、彼らにとって、それは生存競争に欠かせない機能といえます。
多くの場合、警報ブザーは自分の身に危険が迫ったときに鳴ります。危害を加えられそうになったり、侮辱されたりといった場面です。怒るときには扁桃体が活発に働き、交感神経が興奮して、血圧や心拍数、視力、聴力が高まり、戦闘的な状態に入ります。つまり、怒りによって、生物は自分自身を守ることができるというわけです。
このように、怒りは本来生物にとって必要なものですが、常に怒っている状態だと体への負荷が大きくなり、健康に悪影響を及ぼしてしまいます。
反対に怒りを抑え込もうとすると、交感神経が休まりませんので、ストレスになってしまうのです。
~あなたはどれ?6つのタイプ別対処法
私は、人の怒りには6つのタイプがあり、それぞれに応じた対処法が存在すると考えています。
①「幼児性が強いタイプ」は、扁桃体が活発になりやすく衝動的な人を指します。怒りっぽいという特徴が見られるものの、自分が得意な分野に関しては高い能力を発揮するので、無理に他人に合わせようとしないことが対策の一つになります。
②「秩序愛が強いタイプ」は「~すべき」という考え方が強く、ルールや習慣を守ることに固執し、人に対し厳しい面を持っています。対策としては、物事にあまり執着せず、他人に過度に期待しないようにしましょう。
③「他人より優位に立ちたいタイプ」は、戦略的に怒る「怒り上手」です。相手に勝つための怒りで、パフォーマンス的な面もあります。半面、小心で劣等感が強い面も。対策は、マイペースを意識すること。素のままの自分を少しずつ表に出せるようになるとよいでしょう。
④「抑圧、うつ傾向の強いタイプ」は、②のタイプ以上に、物事がきちっとしていないと落ち着かず、また怒りが相手ではなく自分に向かうため、ストレスをため込みやすい傾向があります。対処法としては、自分の能力には限界があることを理解し、無理をせず休み、頼みごとを断ることが大切です。
⑤「冷静分析タイプ」は、理詰めで合理的に物事を考えるタイプです。ポーカーフェイスで、怒っていても表情に出しません。尊敬を集めやすいですが、時に冷たい印象を与えます。人の情けの大切さを知り、交流を重んじ、独りよがりにならないように気をつけましょう。
⑥「思い込みの激しいタイプ」は、物事を自分のいいように勝手に解釈し、被害妄想を持つ傾向があります。自分が悪くても、相手が悪いと思い、怒りが向きやすいのです。気分転換を意識的に行い、あ まりにもこの傾向が強い場合は医療機関を受診することも必要です。
冒頭でも述べたように、怒りそのものは人間にとって基本的な感情で、すべてを押し殺して我慢するのが正しいとはいえません。怒るべきときには適切に怒ったほうがよいケースもあります。
自分は6つのタイプのどれに当てはまるかをある程度把握した上で、自分なりの沸点を決めて、適度に、そして上手に発散することが大切です。
ヒートアップしそうになったら、一度持ち帰り、冷静な対話を
~感情を抑え、言動や態度を指摘する
ここでは職場における怒り方を見ていきましょう。まず、「怒る」と「叱る」の違いを理解することが大事です。怒ることには自分の感情を満たす側面が強く、叱ることには一つの目的や秩序を見出すことができ、計画性があるように考えられます。そのため、 職場では「叱る」ことが基本になります。
最近の若い世代は叱るのではなく、褒めて育てたほうがよいともいわれます。しかし、私は「叱る」効用は今尚あると考えています。以下に上手な叱り方のポイントをいくつかご紹介しましょう。
第一は、感情的にならないことです。叱る理由を端的に、論理的に話します。声のトーンは落ち着いた口調を意識しますが、冷静過ぎると冷たい印象を与えかねないので、相手のことを思っている、愛情が感じられるような話し方が望ましいでしょう。もちろん状況によっては、厳しく強く言うことも大切だと思います。
その上で、人格を否定してはいけません。「バカ」「頭が悪い」「能力が低い」などはNGワードです。注意するのは、あくまで部下の言動や態度に対してです。
叱るタイミングも大切。基本的には人前ではなく、個別に1対1で叱りますが、場を乱すような常識はずれな言動に対しては、その場で厳しく注意すべき場合もあるでしょう。
今の若い世代は自分の意見を言いたい人が多いので、言い訳を言下に否定するのはよくありません。また、褒めて育てられた世代は、叱られたときのダメージが大きいので注意が必要です。まず、その場では否定も肯定もせず、「君の言い分はわかったけど、もう一回考えてみる」と、いったん持ち帰る。後日、再度話をして「君のこの言い分はわかったが、これは違うと思う」というように説明すれば、意思疎通が図れ、相手も納得しやすいでしょう。
最後に、本当に相性が悪いケースはどうすればよいのか。互いに苦手意識を持っていて、そりが合わない場合、精神科医の私の考えとしては、無理するのはよくないと思っています。もともと相性が悪いのですから、相手も聞く耳を持ちませんし、一緒に働いても効率は悪く成果も出ないでしょう。職場の雰囲気も悪くなりますし、仲が良くなることが人としての成長とも言い切れません。パワハラや、ストレスによる精神衛生上の問題も起きかねず、よいマネジメントとは言い難いです。「大人だから」と思考停止で無理やり一緒に働かせるのではなく、人事異動を検討することも決して悪いことではありません。判断を誤らないことが重要となります。
同テーマの記事はこちら
○ 感情を整える2通りのメソッド:柊りおん
○ キレ芸の逆転発想で「腹立ち」を笑いに:カンニング竹山