困った社員は「アイメッセージ」で諭す
職場とは、目的こそ共有されているものの、そこに属する個人の価値観が多様であるため、人間関係のトラブルが起こりやすい環境といえます。
こうしたトラブルを防ぎ、円満に組織を運営するにはどうしたらいいのでしょうか。
人事労務コンサルタントの稲好智子さんは、頭ごなしに否定するのではなく、「私はこう思う」という「アイメッセージ」で接する方法を教えてくれました。
構成:野澤正毅
撮影:石橋素幸
編集:プレジデント社
結局は、コミュニケーション。円満な職場はモラルも健全です
人事労務コンサルタント・特定社会保険労務士 稲好 智子 氏(いなよし・ともこ) 国立大学法人の法人化支援業務や、企業の人事労務のコンサルティング業務などを経験したのち、2005年に株式会社フォーブレーンを設立。人事制度整備や労務問題のコンサルティングのほか、カウンセリング、講演、研修講師などとしても活躍。著書は『よくわかるパートタイマー活用のための雇用管理』(朝陽会)ほか。 |
~マナーや常識を学べなかった今の若者
最近、若い世代を中心に、モラルやマナーをわきまえない社会人が急増しています。とりわけ目立つのは「敬語を正しく使えない」若者たち。上司や先輩に、いわゆる「ため口」をきいて、平然としている新人も少なくありません。始末が悪いのは、そうした言動を、彼らの多くが「悪気もなく」行っているという点です。
そうした若者がなぜ増えてしまったのでしょうか? 私は、核家族化や少子化が大きな原因だと考えています。モラルやマナーは、基本的には集団生活を通じて身につけるもの。その中でも重要なのは、家庭や社会でのしつけです。ところが、社会環境がそれを難しくしています。
そのうえ学校でも、教師への締め付けが厳しくなったことなどから、児童・生徒が「厳しく揉まれる」ことは少なくなりました。そのため若者の多くは、モラルやマナーが身につきにくくなってしまそのしわ寄せは結局、職場にきます。しかし今の職場には、若者を社会人として"再教育"する余裕がありません。特に大学は新規採用が減っているので、新人は同期がゼロだったり、相談すべき若手の先輩もいなかったりというケースが増えています。モラルやマナーを教えてもらえなかった若者も、ある意味では"被害者"といえるでしょう。
また、雇用の流動化によって増加した中途採用や非正規の教職員も、問題を複雑にしがち。ほかの職場で長く仕事をしてきたので、「カルチャー」の違いから、プロパーの教職員と摩擦を引き起こすことも少なくないのです。このような状態でトラブルを防ぐためには、お互いに偏見を持たないように、日ごろからコミュニケーションを取る必要があります。
~道徳の欠如で大学の悪評が広まることも
モラルやマナーの欠如は、職場でのトラブルの火種になります。人間関係のトラブルは、早めの火消しが重要です。こじらせてしまうと、労働環境の悪化を招くだけではありません。教職員の対応によっては、保護者からクレームが殺到したり、学生からの悪評がネットを通じて世間に広まったりするのです。職場のモラルやマナーの意識を改善することは、大学の経営や危機管理にとっても重要なテーマといえます。
では、大学は、教職員のモラルやマナーの向上に、どのように取り組めばいいのでしょうか?
新人の場合、モラルやマナーの研修プログラムがなければ、OJT(on the job trainingの略。業務を通して行う職業教育のこと。)で対応するしかありません。OJTは職場に配属されたら、すぐに実施すべきです。そうしないと、自分の態度のままで「問題ない」と誤解してしまうからです。鉄は熱いうちに打たねばなりません。ただし難しいのは、モラルやマナーには、法律のような明確な判定基準がないこと。例えば、言葉遣いや態度、身だしなみなどについては、多くの教職員が不快に感じていたとしても、受け止め方に個人差があるからです。注意したところ、本人が精神的に傷ついたり、逆に「パワハラだ」と訴えられたりすることもあります。そこでOJTでは、自分を変えて、周囲に影響させる「好意の返報性」を利用するのが効果的です。
~頭ごなしのダメ出しはかえって反発を招く
モラルやマナーの指導にはコツがあります。くれぐれも「キミには常識がないのか!」といったように、頭ごなしにダメ出しをしないでください。今の若者は「承認欲求」が強く、本人には自覚がないケースも多いので、逆効果になってしまいます。例えば、言葉遣いが悪い場合には、こんなふうに注意してみましょう。
「フランクなのはいいけど、私が課長だったら気分悪いかな。キミが、もし後輩から同じ言い方をされたらどう感じる? そんなことで、キミの評価が下がるのはもったいないし、私も悲しい」あくまでも、自分が「どう感じているのか」という客観的な事実を伝えて、本人に考えさせるというのがポイント。「私はこう思う」ということで、価値観の押し売りにならない配慮も必要です。モラルやマナーは「生きていくための必須のツール」であるということを強調しましょう。
とはいえ、最近はトラブルに巻き込まれるのを嫌がって、進んで後輩を注意しようという先輩はあまりいません。その役割を担うのは、やはり上長ということになるでしょう。部下のモラルやマナーを注意するときは、部下の行動をこまめにチェックし、事前に「証拠集め」をしておきましょう。勤務中に「私用でSNSをしょっちゅう見ている」「仕事と関係ないおしゃべりが多い」といった事実があるなら、服務規程違反に問える可能性もあります。
一方、人事労務部門も、職場のモラルやマナーの向上を積極的にサポートするべきです。なぜなら一人のモラルやマナーの欠如が人間関係のトラブルにつながり、学校全体を巻き込むハラスメント問題に発展することがあるからです。
ハラスメントは、バケツに水が溜まるかのように少しずつ溜まり、やがてあふれてしまいます。あふれた思いは行動力となって表れるので、常に対策しておく必要があります。例えば、「上級マナー講座」といった管理職の集合研修をお膳立てするのも手。注意されることに免疫がない部下の指導法を伝授するだけでなく、職場での態度が問題になっている管理職を、角が立たないようにたしなめることもできます。同僚のモラルやマナーの違反を相談できる「ホットライン」を設けてもいいでしょう。職場のコミュニケーションをよくすることが、モラルやマナーの改善に役立つと、私は考えています。教職員がお互いに毎日挨拶をしたり、「ありがとう」や「ごめんなさい」の気持ちを素直に言えたりしていれば、職場の雰囲気がよくなり、モラルやマナーも自然に改まるのではないでしょうか。