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「なぜ」を5回繰り返す。仕事に役立つ賢人の思考術

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ものごとの根源を徹底的に問い直す行為を「哲学」というのなら、「何のために働くのか」と考えることは「仕事哲学」ということもできます。日常生活の中で、ものごとの存在意義を問う機会はほとんどありませんが、貫成人さんは、ある課題に対して「なぜ」とひたすら繰り返したり、他人を鏡にしたりすることで、自分を省みることができると語っています。

構成:野澤正毅 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

仕事がツラいときは、一歩引いて相対的・客観的に考えるといい

BILANC15「哲学」貫先生

専修大学 文学部 教授
貫 成人 氏(ぬき・しげと)
東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。埼玉大学教養学部助教授を経て、専修大学文学部教授。
2005(平成17)年、博士(文学)を取得。専門は現象学、歴史理論、舞踊美学で、舞踊学会元副会長、日本哲学会常務編集委員なども務める。著書に『哲学マップ』(ちくま新書)、『哲学で何をするのか 文化と私の「現実」から』(筑摩選書)、『大学4年間の哲学が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA/中経出版)など。

~真理を追究するための二つのアプローチ

多くの方が、哲学といえば、「難解な理屈が多い学問」といったイメージを思い浮かべるでしょう。しかし哲学は、本当はとても"実用的"な学問なのです。哲学的な思考法は、さまざまな社会問題や政治問題、経済問題を考察するツールとしても活用できます。進学や就職、人間関係といった、人生における悩みの解消にも有効です。そして、仕事上の難題を、ブレイクスルーするための武器にもなるのです。真理の追究を目的とする哲学は、すべての学問の原点といってもいいでしょう。さまざまな学問が哲学から派生しています。しかし、哲学から派生した学問が、特定の研究対象を持っているのに対し、哲学は研究対象が決まっていません。「そもそも何を研究するべきなのか」と前提を問い直すのが、哲学の役割だからです。いわば「学問のための学問」でもあるわけです。
哲学の方法論は、主に二つあります。一つは「現状を見つめ直すこと」。私は、学生に「" なぜ" と5回以上繰り返しなさい」と、よく言っています。例を挙げてみましょう。

Q1「なぜ講義に遅刻したのか」→A「寝坊したから」→Q2「なぜ寝坊したのか」→A「前の晩、友達と夜通し呑んでいたから」→Q3「なぜ、翌朝講義があるのに、夜通し呑んでいたのか」→A「講義がつまらないから」→Q4「なぜ講義がつまらないのか」→A「自分の役に立つかどうかわからないから」→Q5「そもそも大学の講義とは何か? 役に立つから聞くものなのか」→A「???」......

講義とは、大学とは何か。これは立派な哲学的問題です。このように現状の認識を掘り下げ、問題の所在を明らかにしていくのです。
もう一つは、「問題そのものを再検討してみること」。例えば「少子化はなぜ悪いのか」という問いについて考えてみましょう。過去の出生率が高かったのは、乳幼児死亡率が高く、子どもをたくさん産んでおく必要があったからでした。現在ではそうではありません。生まれる子どもの数が半分になっても、平均寿命が伸びれば、トータルの労働人口が必ずしも減るわけではありません。とすれば、少子化は、労働力不足の要因とはいえなくなります。こうして考えていけば、議論は、社会保障制度などに焦点を絞れるかもしれません。

~新しい発想は柔軟な思考の先にある

哲学は、物事を突き詰めて考えるので、物事の核心を見極める抽象的思考能力と論理的な思考力が養われます。私は高校まで数学が苦手でしたが、大学で哲学を学んだところ、数学がわかるようになりました。意外かもしれませんが、哲学科出身の人は、システムエンジニアになる人も多いのです。
それだけではありません。哲学をしていると、幅広い視野で、物事を柔軟に考えられるようになります。私の体験を、実例としてご紹介しましょう。
かつて勤めた大学で、経済学部と人文社会科学系の学部を再編して、新学科を設立することになり、私も検討に加わりました。このような場合、"市場調査"のため、高校や予備校によくヒアリングをします。この手のヒアリング結果は、一つの目安にはなりますが、受験生の顕在化したありきたりのニーズしかわかりません。顕在化したニーズは近々の問題であり、他の大学も同じことを考えますから、新学科設立の影響は小さくなります。また、大学については、それぞれの建学の精神、立地などを見ても、一つの物差しでは測れません。そこで私は、「ニーズ」より「ウォンツ」に注目し、「今は注目されていないが、将来必要とされる職種がないか」と探してみました。そして、キュレーターや劇場の企画担当者の配置が、公的文化施設に義務づけられることに注目したのです。それらの職種を養成する「博物館学など、アートマネジメントを学べるカリキュラム」を開設したところ、学生から人気を集めました。
自動車の量産システムを考案したヘンリー・フォードも、「私がもし顧客にマーケティングをしていたら、彼らは"もっと速い馬"を求めただろう」と言っています。既成の概念や常識にとらわれない哲学的な思考法は、イノベーションをもたらしたのです。

BILANC15「哲学」貫先生図表

~哲学思考の第一歩は自分を客観視すること

職場や家庭で意見の対立があると、双方の意見の残すべきところは残し、捨ててもいいものは捨てて妥協します。家電会社と自動車会社が合併すれば、居間機能をもった電気自動車を作るようなものです。このように自分を見直し、自分の一部を否定しながらより高い次元にいたることをヘーゲルは「止揚(しよう:アウフヘーベン)」とよび、その過程を「弁証法」と呼びました。要するに自分が当たり前と思っていることを見直すことが、哲学的な思考法の第一歩といえるでしょう。とはいえ、それを実践するのは容易なことではありません。仮に 失恋や就職活動などで「挫折」を経験すれば、自問自答するかもしれませんが、日常生活では、自分の生き方を省みる機会は滅多にないでしょう。かのジュリアス・シーザーも、こういっています。「人間は自分が見たいものしか見ない」と。人間には、自分にとって都合のいい物事、理解できることだけを選んで、受け入れてしまう習性があるというわけです。
そこで、他者との対話を通じて、別のいい方をすれば、他者を「自らの姿を映す鏡」として、自分を客観視するという手もあります。ガダマーというドイツの哲学者は、「他人の話がわからなかったら、自分が何か勘違いしていないかと疑ってみること」が、アイデアを生むヒントだと言っています。例えば、大学であれば、教育とは、大学とは、特色とは、と考えてみましょう。日々心がけていれば、時間はかかりますが、大きな力になるはずです。哲学的な思考法は、その気にさえなれば、誰でも、いつからでも始められます。人生や仕事で難題を抱えていたら、ぜひ取り入れてみてください。

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