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今、私立大学に求められるダイバーシティ・マネジメントとは

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企業では、性別や国籍などをはじめとする人材の多様性化を図る「ダイバーシティ」の取り組みが進んでいます。近年、単に異文化をはじめとする多様な人材の存在を認めるだけでなく、これらの多様性を戦略的にいかす、経営合理を目的とした「ダイバーシティ・マネジメント」へと進化。こうした考え方は大学においても大変重要であるとされていますが、具体的にどのように取り組むことが必要なのでしょうか。ダイバーシティ・マネジメントを研究する早稲田大学の谷口真美教授に聞きました。

編集:日経BPコンサルティング

BILANC09谷口先生 早稲田大学商学学術院教授
谷口 真美氏(たにぐち・まみ)
1996年、神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。広島経済大学助教授、広島大学大学院助教授、早稲田大学大学院商学研究科助教授などを経て現職。2013年~2015年、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院客員研究員。著書に『ダイバシティ・マネジメント 多様性をいかす組織』(白桃書房)などがある。

■ ダイバーシティが進んだ社会的背景

~まずはダイバーシティについて、基本となる概念を教えてください。

ダイバーシティとは、性別、国籍、人種、民族、年齢など人の持つ属性の分類のことで、「多様性」と訳されます。このダイバーシティは、表層レベルと深層レベルの2つに分けることができます。表層レベルのダイバーシティとは、性別や人種など、目で見て分かる外観上の属性の多様性、深層レベルは、専門分野、学歴、職歴、考え方、価値観など、個人の内面の属性の多様性です。
人には複雑な事象を既知のパターンに当てはめ、単純化して理解しようとする傾向があり、ある特定の属性だけでその他全ての属性を推し量ろうとしてしまいます。それが偏見やステレオタイプになるのですが、ダイバーシティの考えでは、まず、人にはさまざまな属性があるのだと理解することがスタートラインです。

~日本では、どのような背景からダイバーシティが求められるようになったのでしょうか。

ダイバーシティが日本でも注目されるようになったのは、少子高齢化により労働力人口の減少が懸念されはじめた2000年前後からです。当時は、男女雇用機会均等法や、労働者派遣法の改正があり、従来の男性正社員中心の人員構成から、多様な働き方をする人材が急速に増えることが予測されていました。また、顧客市場のグローバル化などによる多様化、企業合併・統合、生産拠点やサプライチェーンのグローバル連携など企業活動の多様化も影響していると思います。
また、世界機関をはじめとした海外からの圧力も関係しています。例えば、世界経済フォーラムなどから、日本における女性管理職の比率などのジェンダーギャップ指数の低さが指摘されています。これは大学においてもたびたび話題になることですが、日本では女子学生や女性研究者の割合が明らかに低く、日本政府としても無視できない事態に陥っているのです。
それだけではありません。女性が働くことによって国内総生産(GDP)の増加が望めることがわかっています。2012(平成24)年の男女共同参画会議基本問題・影響調査専門調査会の報告では、342万人の潜在的女性労働力が労働市場に参入することで雇用報酬額が約7兆円上昇すると発表しています。少なく見積もってもGDPが1.5%上がるという試算です。また、2012年国際通貨基金(IMF)のレポートでは、G7諸国並みに日本の女性が働くようになると、1人当たりのGDPが4%、北欧並みになれば8%上がるというレポートもあります。

~企業がダイバーシティを推進する上でのポイントを教えてください。

女性やマイノリティなど少数派優遇に取り組みさえすれば、その組織に『勝手に』より良い成果がもたらされると勘違いされている場合があります。これは多様性を高めることが社会的に正しく、良いことだという倫理の立場の考え方と混同されていると思います。倫理の立場の場合、人員構成の多様化自体がゴールになります。
より成果を向上させる組織づくりを行うのはあくまでも経営合理の観点からダイバーシティを推進する考え方です。多様性を高めることで環境変化に強い組織になる、またはイノベーションが生まれやすくなると考えます。そもそも米国では、マイノリティを救済するためにダイバーシティの活動が始まったという歴史的経緯があります(公民権運動後のアファーマティブアクション)。しかし、その後に経営や組織改革にダイバーシティが有効だという考え方(ダイバーシティ・マネジメント)が生まれ、次第に重心が移行していったのです。

BILANC09谷口先生図表
企業におけるダイバシティの取り組みの姿勢は、5つの段階で区分できます。多様性に対して何も取り組まない「抵抗」、法律を遵守しつつ実際は何もしない「同化」から一歩進み、現在の日本の企業の多くは多様性は認めてもビジネスの価値については不明瞭な「多様性尊重」にとどまっています。その先の「分離」「統合」まで至ってはじめて、多様性を戦略的に活用するダイバーシティ・マネジメントと呼べるようになります。

■ ダイバーシティが大学という組織にもたらす効果

~一方、大学で求められるダイバーシティはどのようなものでしょうか。

日本では先に述べた2つの考え方が、ほぼ同時期に紹介されたために混同されることが多く、例えば大学では、女性教員・研究者、外国人教員・研究者を増やすことばかりに注力されています。多様性に関する数値目標を設けることは重要ですが、組織をより生産的なものに変えるという本質を見失ったまま単に数だけを整えても、それは『ダイバーシティのためのダイバーシティ』だと言わざるをえません。
女性やマイノリティの数が増えれば、自然に彼ら・彼女らの発言機会が増え、多様な意見を反映できる良い組織になるのではないかという意見もあります。しかし、ミシガン州立大学の女性研究者Ellen Kossekらが行った米国の公立大学におけるファカルティの多様性の研究では、マイノリティや女性の教員の数や割合が増えただけでは、つまり「自然」には組織の生産性は変わらないという結果が出ています。彼ら・彼女らの活躍をサポートするような組織風土の構築が不可欠だというのです。
様々な世界の大学トップランキングを見ると、研究者の性別や学生の国籍など、多様性に関する要件が項目に含まれています。例えば、フィナンシャルタイムスやエコノミストなどが発表しているMBAランキングでは、特に学生や教員の多様性をランキングの指標に加えています。
そのようなメディアの読者は、MBAに興味がある若いビジネスマンばかりではないでしょう。経営者が自分の会社の社員を派遣する教育機関としてふさわしいかどうか、保護者が子息を入学させるのに適しているかどうかなど、さまざまな読者がいるはずです。そして彼ら・彼女らは、グローバルな疑似的な学習体験ができる環境かどうかを判断するため、学生や教育の多様性に関する項目を重視します。

~日本の大学がダイバーシティに取り組む際のポイントをお聞かせください。

今まで日本の大学、特に私学は、主に知名度や入学の難度などで評価されていました。それらはいずれも日本国内の閉じた評価であり、グローバル化に際して更に対策が必要なのは言うまでもありません。より質の高い教育を提供し、あるいは卓越した研究成果を示すなど、国内外から必要とされる大学にしていく必要があります。その一歩として、女性や外国人などの多様性を担保することが重要だと考えます。
しかし、現状で日本の大学における女性や外国人の割合はかなり低い水準にとどまっています。2015年、文部科学省による科学技術基本計画の中で自然科学分野における研究者の新規採用者の3割を女性にするようにという数値目標が掲げられました。ここ数年で女性教員も増えてきましたが、タイムズ紙の2013年「世界の大学トップランキング400校」のうち、ランキングに入っている日本の大学における女性教員の割合は12.7%と最下位です。日本の次に女性教員の割合が低い台湾でも20%以上ですから、いかに日本が低いかがわかります。
一方、外国人教員・研究者の採用については2種類の動きがあると考えています。その1つが大学の教育面でのグローバル化要員として活用することです。従来、日本人教員が日本語で教えていましたが、外国人教員による外国語での授業科目を増やすことで、大学は教育方法の多様性を担保することになります。もう1つは研究面での質を上げることです。政府も、外国人研究者が多く集まる国際共同研究拠点を設置する大学を支援しています。

~多様性を担保することは、大学にとってどのようなメリットがありますか。

一般的に、組織が多様性を受け入れることのプラス効果として、問題解決能力、創造性向上の他、メンバーの中でも特にマイノリティのモチベーション向上などがあげられます。大学も国内学部生数の減少、外国人留学生の増加、社会人教育の需要拡大、研究上の貢献への期待拡大などの外的な環境変化に対して柔軟に対応でき、持続可能な大学経営を行うことが可能になります。例えば、多様な学生や研究者同士が切磋琢磨し、創発によって学習の幅が広がり、研究の生産性が向上します。研究論文数が増え、教育、研究ともに質が向上することが期待できます。大学は、卒業生が母校の教職員となって特殊なグループを形成(同窓派閥)する傾向があります。そのような組織は視点・観点が偏ることが多く、外部の環境の変化に対して柔軟に適応できません。
先に述べたような世界の大学トップランキングが求めるように、多国籍の教員、学生がいる環境を築き、国内キャンパスにいながらグローバル体験が得られるなど、より魅力的な大学として特色を打ち出せるでしょう。その結果、学部生、社会人学生を問わず学生数の増加が見込めるのではないでしょうか。

~海外の大学では、ダイバーシティ・マネジメントが進んでいるようですね。

マサチューセッツ工科大学のサイエンスエンジニアスクールの事例では、女子学生の数は増え続けているにもかかわらず、1975年から1996年までずっと女性教員が増えない状態が続いていました。しかも、1996年の時点まで大学側はその事実にすら気づいていませんでした。
ようやく1996年から4年間にわたって、女性教員を増やすためのプロジェクトとして具体的なデータを集めることから始めて、各学部、学科の責任者に対して問題の重要性を指摘するとともに、女性教員採用の数値目標も設定しました。その結果、2001年には女性が大幅に増えたのです。
これだけだと、先に述べた『ダイバーシティのためのダイバーシティ』のようにも見えますが、この取り組みでは、数合わせではなく、各研究分野において世界的なレベルで優秀な女性教員を採用しました。数字上だけで女性を増やしても、かえって結果的に組織が弱くなることも珍しくありません。あくまで研究者としての能力においてより優れた人材を採用した上で、「女性」という属性の視点・観点などの多様性確保を目指したのです。その後、世界的研究アワードの獲得比率は大幅に上がり、しかもその獲得比率は女性教員のほうが男性教員よりはるかに高かったのです(女性は63%、男性は29%)。
この取り組みを調査分析した論文では、組織の取り組みとして大切なことは、具体的な計画をつくること、進捗の測定手法を設定しておくこと、説明責任のシステムを作っておくことという3点を強調しています。その後、多くの大学が女性研究者やマイノリティを増やす試みをしていますが、その先駆けとなったのがマサチューセッツ工科大学の取り組みでした。

■ 教職員が主体となって多様性を受け入れる土壌を醸成

~女性や外国人教員・留学生の割合などは表層的な多様性になると思いますが、教育現場における深層的な多様性とはどのようなものでしょうか。

一番は教え方の多様性といえるでしょう。長らくタブーとされてきた部分でもありますが、教員同士はお互いの教育手法をあまり知ることはありません。教員同士で教育方法を評価し合うシステムを構築している大学もありますが、ごく一部に留まります。ただし、これは前提として多様性を重んじる風土を構築した後で導入すべきで、評価制度だけを取り入れても教員には受け入れられないでしょう。先の事例でも、まずは多様性を受け入れて、彼ら・彼女らの活動を支援する風土が醸成された上で評価制度が導入されたという経緯があります。
また、日本人と多国籍の留学生に対して授業を行うなかで、教育におけるスタンダードの違いを感じることが多々あります。日本では、先生が話し、生徒はノートを取り、暗記した内容を試験で試す、というやり方が教育のスタンダードとされてきました。そのため日本人学生たちの授業態度は極めて受け身的です。対して、留学生たちは、授業中でも積極的に意見をぶつけ合い、より深い知識、より良いアイデアを創造しようとします。
問題は、日本の教育全体に「結果的に正しいことが称賛される」という答え合わせ的なところがあることではないでしょうか。まずは間違いも含めて多様な意見を交換し合う過程が受け入れられる環境を構築すべきです。その過程からいかに深い洞察、より良いアイデアを創造し、昇華させる(メタ認知)かが教員に求められていると思います。 また、日本人には、多様性を受け入れることが自分自身の独自性(アイデンティティ)の否定の裏返しと捉える傾向があり、異質なものに対して壁を作ってしまうのです。長らく、日本という単一民族国家の同質文化の単一価値観の下で生きてきたこともあり、二つ以上の価値を受け入れられない、トレードオフと捉えがちなのでしょう。

~大学内に多様性を受け入れる風土を作る上で必要なことを教えてください。

大学の生き残りのために多様性が重要なのだというメッセージを、経営陣や執行部が積極的に発信することです。さらにその重要性について学内で議論することが大事です。中には反対意見の人もいることでしょう。そのような人たちは多様性のマイナス効果、例えば、教員の間のコミュニケーションの齟齬や、対立、まとまりのなさを大きく見ているのです。
しかし、違いを受け入れる土壌があるからこそ多様性のプラス効果である多角的な状況認識、相互触発による創造を享受できます。さまざまな分野の教育研究に取り組むことができ、学生に対して幅広い価値を提供できるのだと具体的に示して相互交流を支援することも必要です。それを怠ったまま外国人教員を増やしても、既存の日本人教員とがまったくコミュニケーションをとらない、あるいは外国人と日本人に溝のある活性化しない組織になってしまいます。
そもそも大学は、学生たちに新しい価値や気づきを与える場です。多様性や異質なものに触れたとき、単一の価値指標で優劣を判定してはいけません。実際、積極的に意見を述べる外国人学生から見れば、日本人はかなり物静かで謙虚に映るようです。しかし、それは優劣ではなく、一つの特性であり、そのような価値観の中で育った日本人がどのようにリーダーシップを発揮していくかを考えることでダイバーシティ・マネジメントを進めることができます。
授業では、学生に対して「もしグローバルに活躍したいのなら、2カ国経験するだけでは不十分。3カ国以上経験するように」と話します。例えば、日本とアメリカの2カ国だけなら、単に二つの国を比較するだけになってしまいます。しかし、3カ国になった場合、単なる比較にとどまらず、それぞれの国の価値観なども深く考察する必要に迫られるのです。実際、グローバルなビジネスの世界で活躍している人は、3カ国以上を経験し、価値観を相対化している人が少なくありません。そういう感覚を持つことが、これからの日本人にとって大切なことだと思います。
さらに、私立大学は、国公立大学よりも、大学の経営や方向性に関して主体性を発揮しやすい環境にあるので、教員・研究者の属性の多様化を通じて創造的な教育を実践することが可能です。逆にいうと、主体性がないと現状容認になってしまい、緩やかに衰退していく恐れもあります。先のマサチューセッツ工科大学の例ですら、データをとってみるまで女性教員の少なさを把握していなかったのです。現状を把握する努力をしなければ、過半数を占めるまでに増え続けている女子学生の要望や外的な変化にも対応できなくなってしまうのです。

~大学の職員は、どのように関わることが可能でしょうか。

大学の主体性を発揮しようとするとき重要な役割を果たすのが職員の皆さんです。職員は教員と違って授業を行いませんが、学内にどのような多様性があり、どういかされているか、大学で起きていることを日々客観的にモニタリングできる立場にあります。例えば新しく来た外国人教員が活躍できているかどうか、孤立していないか、支援が行き届いているかなど、一番接することのできる職員だからこそ見えることは少なくありません。
また、多様性を受け入れる風土を醸成し、教え方の多様性を担保する仕組み、それらを評価する制度など、制度面から多様性を支えることも職員の方々が担う部分です。
多様性を受け入れるには、自分自身の価値観をしっかり持ちつつ客観視することが大切です。それは学生だけでなく、教員にとっても同様です。まず自分自身を多面的に認識することが、ダイバーシティのスタートラインになるのです。

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