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多様性の今、高専の価値示す

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実践的・創造的技術者を養成することを目的とした高等教育機関である高等専門学校。日本で最古の私立高等専門学校のサレジオ工業高等専門学校の木戸能史常務理事(当財団評議員)に「高等専門学校」の魅力についてお話を伺いました。

BILANC32私学の今「木戸能史先生」
左からサレジオ工業高等専門学校 木戸能史常務理事、当財団 守田芳秋常務理事


※2023年12月発行BILANC vol.32に掲載
構成:野澤正毅 
撮影:加々美義人 
編集:プレジデント社

~高専唯一のデザイン科

守田 高等専門学校(以下、「高専」)は現在、全国に58校あるそうですが、サレジオ工業高等専門学校は1934(昭和9)年設立の私立最古、しかも、ミッションスクールとしては唯一の高専と伺いました。ミッションスクールは明治維新後、日本の教育近代化の一翼を担ってきたわけですが、その中でも貴校がいち早く技術者を養成する職業教育に取り組まれたのはなぜなのでしょうか。

木戸能史先生(以下「木戸」) 本校はカトリック修道会の一つであるイタリアのサレジオ会によって、東京育英工芸学校として発足しました。
サレジオ会は19世紀にヨハネ・ボスコ神父(通称ドン・ボスコ)によって設立されたのですが、当時のイタリアは国家統一されておらず、戦国時代さながらの混乱状態でした。そうしたなか、多くの青少年が満足な教育を受けられず困窮しているのを見て、ドン・ボスコは青少年教育、とりわけ、生活の糧を得るための実践的な教育に注力することにしたのです。その後もサレジオ会は活動を続け、現在でも世界約130カ国で教育事業を展開しています。本校を設立した当時、日本は発展途上でしたので、職業教育に重きを置いたのでしょう。

守田 貴校は全国の高専で唯一のデザイン学科を設置され、特色の一つになっています。高専のほとんどがエンジニアの養成に特化しているなか、貴校はなぜ、デザイナーの養成にも取り組まれているのでしょうか。

木戸  実は、東京育英工芸学校は印刷技術者を育てる印刷科としてスタートし、それが現在のデザイン学科にもつながっています。そもそもサレジオ会は、キリスト教関連書の出版社も設立しています。印刷は聖書の刊行や普及に欠かせない技術として、キリスト教とも密接な関係にあったのです。
それに当時の東京では出版業が盛んになり、印刷工のニーズも高かったようです。戦前には、本校に家具職人を養成する木材工芸科や、仕立て職人を養成する裁縫科などもありました。プロダクトデザインの教育には、もともと力を入れていたわけですね。

~強みの「実践力」を磨く

守田  なるほど、貴校がデザインに強い理由がよくわかりました。校内を拝見すると女子学生の姿も見かけます。ほかの高専は男子の比率が高いようですが、貴校に女子学生が多いのは、デザイン学科がある影響も大きいのでしょうか。

木戸 おっしゃる通りで、デザイン学科は女子の志願者が多くなっています。本校は1988年に共学化したのですが、デザイン学科は現在、女子学生の比率が約56%となっています。ただし全校では、女子学生の比率が約20%にとどまっているので、いわゆる理系女子に本校の魅力を発信し、ほかの学科でも女子学生を増やしたいですね。

守田 貴校は戦後、工業高校と付設の中学校に改組され、1963年には工業高校を高等専門学校に改編されました。2005年には東京都の杉並区から町田市に移転され、キャンパスを拡充されるとともに、校名も「サレジオ工業高等専門学校」と改称されています。その後、2017年からは専門職大学の制度も始まりました。教育制度改革が進むなか、高専という教育機関の役割や使命、あるいは強みとは何でしょうか。

木戸 高専の卒業生を大学・大学院の卒業生と比べると、「生産現場での実践に強い」という長所があります。高専生の特徴は、とにかくすぐに手を動かしてやってみるところ。まずはなんでも使って動かしてみる好奇心と機動力には、目を見張るものがありますね。その特徴をより活かすため、高専では、例えば溶接や金属加工といったさまざまな技能を身に付けるだけでなく、早い段階から研究を通じて自ら考える力・人間力を高めます。こうした多様な能力を身に付けた高専の卒業生は産業界から評価が高く、生産技術の担い手としてこれからも求められるでしょう。実際に経済協力開発機構(OECD)は、「日本の教育制度で効果を上げているのは高専」と評価しているようです

~高専の魅力発信を続ける

守田  貴校は高専ロボコンやソーラーカーレースに入賞するなど数々の実績を上げ、在校生が確かな技術力を示されていますよね。2022年度の求人倍率は17倍を超え、卒業生の進路を見ても、産業界を代表する大企業が目白押しです。とはいえ少子化の進行や大学進学率の向上という現在の状況下で、志願者を確保するためにどのような取り組みをされていますか。

木戸  「エンジニア、あるいはデザイナーになりたい」といった職業意識の高い生徒にとって、高専は有利だと考えられます。例えば、専門教育のカリキュラムの割合が高いので、普通科高校から短大や専門学校に進学するケースに比べて、早期から充実した職業教育を受けられるからです。
加えてサレジオ高専の掲げる「アシステンツァ」は「寄り添う教育」と訳され、教職員が学生と同じ目線で寄り添い、成長に導くものです。また、ロボコンやクラブ活動を通じ先輩の背中をみて技能を習得していく学生も多いでしょう。この先、新興国を含め世界との競合を余儀なくされるなかで、日本の若者たちはどの方向に進むのか。時代に合わせた対応を後押ししていきます。
まだ中学卒業の段階では職業意識がはっきりしていない生徒も多くいます。高専では5年間の教育を経て、就職だけでなく専攻科や大学への編入などの多様な進路が選べるということも、もっと知っていただきたいですね。
近年、職業教育を重視する風潮が高まりつつあり、学費が相対的に安く、家計の負担も軽い高専は、保護者からも再評価されると考えています。

守田 高専の存在意義がよくわかりました。貴校の今後のビジョンやプランについても教えてください

木戸 私は本校が1963年にコンピュータを導入して以来、長年その教育に携わってきましたが、昔のそろばんと同じように、今や子どもへのICT(情報通信技術)教育は不可欠。コロナ禍でリモート教育が浸透したことで、そうした流れに拍車がかかった感があります。コンピュータグラフィックスが一般化したように、デザイナーでもICTが必修の時代になりました。学問分野に応じた従来の教育の形では、職業教育のニーズを満たせなくなってきたことの表れでしょう。
そのような壁を超えるべく、より実践的横断的な学びとして、「産学連携」の持つ力に大きく期待を寄せています。例えば本校が進める自動運転EV(電気自動車)の開発プロジェクトでは、駆動部分を学生が、ボディパーツを卒業生企業が担当し、連携のもと開発を進めています。このような連携は、学生たちが、学問分野にとどまらない学びを自ら積極的に得る機会になると感じています。

守田 なるほど、産学連携があるからこそ、より実践的な学びの機会が得られるのですね。本日は貴重なお話を伺えて誠に有意義でした。貴校のますますのご発展を祈念しております。

BILANC32私学の今「木戸能史先生」

お話を伺った方
木戸 能史 氏:
育英学院常務理事。
育英高等専門学校専任講師、育英工業高等専門学校教授を経て学校法人育英学院評議員、理事を務める。2005(平成17)年にサレジオ工業高等専門学校へと改称し、同校副校長及び事務長。
2009(平成21)年より私立大学退職金財団評議員。

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