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徹底検証! 2030年の大学

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構成:村上 敬 
編集:プレジデント社

新しい需要に対応することが、大学には求められる!

BILANC31「徹底検証! 2030年の大学」 スタンフォードオンラインハイスクール校長
星 友啓氏(ほし・ともひろ)
BILANC31「徹底検証! 2030年の大学 山形県立産業技術短期大学校長
佐藤 俊一氏(さとう・しゅんいち)
BILANC31「徹底検証! 2030年の大学 ウォンテッドリー創業者・代表取締役CEO
仲 暁子(なか・あきこ)

全入時代に突入し、変革を迫 られる大学は、何に着目していけばいいのでしょうか。

コンテンツの力で需要に向けアピールを(星)

スタンフォードオンラインハイスクール校長の星友啓さんは「4つの課題がある」と指摘します。
1つ目は「新しい需要の開拓」。現在、日本の人口は減り続けています。特に子どもの数が減ることは、大学にとって市場の縮小を意味します。しかし星さんは「希望を持っている」といいます。
「アフリカや東南アジアなど、世界では人口爆発が起きている地域がいくつかあります。学生の数は世界規模で増えていて、現在の2.5億人が2040年には6億人になるといわれるほど。これはスタンフォード大学と同じ規模の大学を毎日2つつくらないと追いつかない需要です。ここに国内の大学の大きなチャンスがあります」
ただ、成長市場があっても、そこで戦う武器がなければ機会をつかめません。その点について星さんは「日本には市場を開拓する武器がある」と期待をかけます。
「日本はコンテンツ力、つまり教材の力が強い。アメリカで教育に携わっていると、日本の参考書の素晴らしさがよくわかります。もちろん英語化は必要ですが、大学からそれを発信していくことで新しい需要を開拓できるでしょう」
星さんが挙げる課題の2つ目は「テクノロジーの導入」、3つ目は「国際競争力の強化」です。いずれも世界市場の開拓に絡みます。
「日本は少子化が深刻ですが、学生が増えていく地域では教員不足が深刻化します。解決するにはテクノロジーの力を借りなければいけません。世界の他の大学と学生を取り合う時代になりつつある今、大学は積極的にテクノロジーを採用すべきでしょう」
4つ目の課題は「産学連携の拡充」です。研究における連携はもちろんですが、星さんは「ライフ・ロング・ラーニング(生涯学習)領域での連携が重要」と指摘します。「U.S. News & World Report誌が発表する『最もイノベーティブな大学』に8年連続で選ばれているアリゾナ州立大学はスターバックスと提携して、まだスキルを持っていない社員が大学で学んで学位を取れる仕組みをつくりました。この例のように、大学には産学連携でリスキリングすることが求められるようになるでしょう」

社会の変化に取り残される大学(佐藤)

公立高校で探究型学習を推進し、山形大学でも教鞭をとった佐藤俊一さんは、社会とのギャップが課題だと指摘します。
「カリキュラムが社会の変化をキャッチアップできていません。講座名を今風の横文字に改めても、先生が教えている内容は旧態依然としている場合もあります」
乖離があるのは社会との関係だけではありません。世界とのギャップも深刻です。
「大学の研究力は足踏み状態。中国の論文引用数は伸びているのに、日本は下降しています。これは個人の問題ではありません。先生方は研究や教育以外の仕事が増えて、さらに予算も確保しづらい。構造的な問題だと思います」

多様化を推し進めガバナンス強化を(仲)

国際競争力の低下については、ウォンテッドリー代表取締役CEOの仲暁子さんも「残念」と語ります。
「すぐお金になる研究は企業でもやりますが、そうではない基礎研究は大学に頼らざるを得ません。たとえば量子コンピュータなどがそうです。ただ、基礎研究はパトロンである国の経済と一体化していて、日本経済の停滞とともに予算が取れなくなっています。将来の産業をつくるための基礎研究ができず、ますます産業が育たなくなって研究にお金を回せないという悪循環に入っている印象です」
仲さんはダイバーシティも課題の一つとして挙げました。
「大学の教員や理事は多くが日本人男性。女性や外国人をもっと積極的に登用して多様性を確保すべきです。同時に意思決定のプロセスを透明化して、大学のガバナンスを強化したほうがいいでしょう。同質集団が密室で決めていく意思決定では、日本の沈みゆく大企業と同じ運命をたどりかねない。今の時代に相応しい体制に見直してほしいところです」

デジタル活用が進んでも「教室」は消えない

コロナ禍でオンライン授業が 普及しました。EdTechの進展により、教室のない未来が実現する日も近いとされています。2030年の大学教育は、完全にデジタル化するのでしょうか。
仲さんはデジタルツールを否定しないものの、それだけにとらわれることに警鐘を鳴らします。
「テクノロジーの進化はドラスティックに起きますが、それに比べて人間の進化はゆっくり。人間は生まれてから成熟するまで、1世代で20~30年くらいかかります。ですからその進化は、何百万年もかけて少しずつしか変わっていかないのです。ツールが新しくなっても、『人は何を考え、何を欲するか』を洞察する力の大切さは変わらないでしょう。教育も、引き続き人間中心主義であってほしいと思います」
洞察力を身に付けるには、やはり教室が必要です。
「人間は五感で情報収集し、洞察力を磨きます。オンラインは視覚と聴覚の“二感”しかありません。20年経てば五感を補えるアバタースーツのようなものが出てくるかもしれませんが、少なくとも2030年の時点では、教室に集まる必要があるのではないでしょうか」
佐藤さんも同意見です。仲さんがデジタル時代においても「人間洞察力」が欠かせないと指摘したのに対して、佐藤さんは「自分軸」を強調します。
「ChatGPTに質問を投げて返ってきたときに、自分なりの判断軸がないと、答えを鵜呑みにしてしまいかねません。判断軸は、『自分から見て上下左右のどこに位置するか』という座標軸といってもいいでしょう。いずれにしても、自分軸はさまざまな体験を重ねることで形成されるもの。人間は五感で生きていますから、オンラインに偏ると体験も偏り、自分軸がうまくできないと思います」

~ オンライン中心でもコミュニティは必須

デジタル活用が進んでいるイ メージのあるアメリカはどうでしょうか。星さんは最新の状況を次のように明かします。
「アメリカにはChatGPTの登場前から、AIチューターを導入している大学がありました。さらにペンシルベニア大学ウォートン校がChatGPT必修の授業を開設するなど、デジタルを教育する傾向は強まっています。ただ、人間としての感性をないがしろにしていいというわけではありません。今後は各大学が自分たちの理念に基づいて、機械と人間の割合を探っていくことになるでしょう」
星さんの学校は全面的にオンライン。いわゆる教室はありません。ただ、だからこそ大切にしている部分があるといいます。
「学びはコミュニティの中でしかできないと考えています。ですから授業はライブでインタラクティブ。一方的な講義は授業の外であらかじめ見てきてもらい、授業はみんなでディスカッションします」
その他、学校の廊下がわりに、グループごとにSlackチャンネルで交流を図っているとか。オンライン中心でも、工夫次第で足りない部分を補えます。

BILANC31「徹底検証! 2030年の大学」

7年後も「進学=モラトリアム」なのか

「大学に通う目的は、希望の企業に就職すること」
「専門知識を学ぶより、面接で質問されるガクチカ(学生時代に力を入れたこと)エピソードづくりに時間を費やしたい」_
そう考える学生は少なくありません。「大学は社会に出るまでのモラトリアム」という風潮は、今後も続くのでしょうか。

~ 起業を選択する学生が増加傾向に

星さんは、日本とアメリカでは状況が大きく異なるといいます。
「アメリカでは成績が優秀な学生ほど大企業に就職しません。優秀な学生が目指すのは起業であり、就職するとしても、起業を前提としてスタートアップに入ります。授業に出るのも、単位や卒業のためというより、起業や経営に必要な専門的なスキルや知識を身につけ、起業を志す仲間とネットワーキングするためです。一方、日本は就職ありき。いい企業に入るために有名な大学に入り、そうした大学に入るためにさかのぼって小学校や中学校をお受験するという家庭が今も多い気がします」
ただ、日本でもトレンドが変わりつつあります。
「実は東京は世界屈指の“起業環境が整った都市”の一つです。そのせいかアメリカのように、イグジットとして起業を選択肢に入れる学生が増えてきました。大学もインキュベーターやアクセラレー ターの仕組みをつくったり、起業家教育に力を入れ始めたりするところが現れています。これはいい傾向でしょう」
一方、星さんが日米で差がまだ大きいと感じているのが、大学院教育の位置づけです。アメリカでは博士号を持っていたほうがビジネスの人材市場でも価値が高いのですが、日本は博士号取得者の評価が必ずしも高くありません。
「産業界は、専門性を持った人材を高く評価しなくてはいけないし、大学側も大学院教育を拡充させるべきです。実際、スタンフォードは学部より大学院のほうが大きい。もっと予算をつけていいのではないでしょうか」

~ 学生が求めるのは専門教育だけでない

仲さんは自身の学生時代を振り返りながら、こう指摘します。
「難関大学の多くは、入りさえすれば卒業は比較的簡単。私自身は、そのアドバンテージを最大限活用し、授業以外のところで経験を積んだダメ学生でした(笑)。ただ、当時は終身雇用が前提で、『会社が育成も含めてすべて面倒見るから、社員は代わりに転勤でも何でもします』という雇用関係が成立していました。だからこそ学生時代がモラトリアムでも許されていましたが、もはや企業に、社員をゼロから育てて一生面倒を見る余裕はありません。学生は企業に頼らず、自分でスキルを磨く必要に迫られています」
そうした学生のニーズの変化に対して、大学はどのように向き合えばいいでしょうか。
「大学進学率の向上に伴って、日本ではホワイトカラーの人口が増えました。その半面、美容師やシェフなどの専門職人材が不足しています。しかし海外では、専門職人材のほうがホワイトカラーより年収が高いケースも多く、人気もあります。なぜ稼げるのかというと、海外の専門職人材は経営知識やマーケティングスキルをそなえているから。そういった部分を専門職志望者に学んでもらうような価値創造をしていくことが、これからの大学には求められるのではないでしょうか。これは就職に強いブランド大学も同じ。2030年も就活におけるシグナル効果は残ると思いますが、それにあぐらをかいていると学生が離れていくでしょう」
一方、佐藤さんは「大学は学問の場。就職を目的に置くことがそもそも間違っている」と、手厳しい見方をします。
「学問を中心に置いたうえで、就職情報を提供したり、就職試験のイロハを教えたり、サービスとしてキャリア教育をするのはいいと思います。ただ、キャリア=就職ではない点には注意してほしいですね。キャリア教育とは、人間のキャリア形成を助ける教育のことです。単に情報を多く提供するだけでは、かえって迷ってしまいます。情報を自分で選んで判断できるように、自分軸の形成をサポートしてあげることが、真のキャリア教育でしょう」

世界ランク下降中の日本。浮上の秘策は?

文部科学省の科学技術・学術 政策研究所は毎年、「注目度の高い科学論文」について、国・地域別に3年分の順位を発表しています。2018~20年の年平均数は、日本が12位でした。10年前は6位、20年前は4位だったことを考えると、下落傾向は明らかです(図表参照)。
4年制大学で教鞭をとっていた佐藤さんは、「先生方が忙しいことが原因」と指摘します。
「普段から忙しく、加えて入試もあります。授業や入試のない期間に集中して研究を進め、論文を書くしかない状況なのです。改善に向かうことを願っていますが、2030年に向かって明るい展望を描ける材料はあまりないのでは」

BILANC31「徹底検証! 2030年の大学」

先生の忙しさについては、テクノロジーの活用に期待です。アメリカの大学でAIチューターの活用が広がっていることを紹介してくれた星さんは次のように語ります。
「教育は、『変えてみてダメだった』では許されない領域です。その意味で、最先端のテクノロジー活用は民間の教育機関にトライしてもらい、私学も含めた公教育はそれを見てゆっくり進めていけばいいと思います。ただ、事務のテクノロジー活用はもっと早く進められるはず。それによって浮いた時間を研究に充ててほしい」
研究力の強化については、研究者の卵をどうやって育成するかという課題も立ちはだかります。
「問題は給料です。スタンフォードも同じですが、たとえばコンピュータサイエンスの優秀な院生は大学の研究者になるより、高い給料をもらえるGAFAMで研究を続ける道を選びます。民間を上回ることは難しくても、それに近づける努力は必要でしょう」

~ 海外の研究者は3人同時に招聘せよ

国際化も解決策の一つ。海外から優秀な研究者を呼ぶことができれば、それが刺激になって全体を引き上げる効果が期待できます。星さんは招聘するときのポイントを次のように解説します。
「本当は高い報酬を払うことが一番ですが、日本は欧米に比べて物価がかなり安く、生活費があまりかからなくなりました。その点では有利です。コツは、有名研究者1人で終わりにしないこと。1人だと研究者も寂しくて帰国してしまうのです。大学としてフォーカスしたい学部やプログラムがあれば、少なくとも3人は同時に招聘したいところです。仲間がいれば定着しやすくなりますし、その研究者たちに会おうと、他の研究者も集まってくるようになります」
海外から研究者を呼ぶことについては仲さんも賛成です。ただ、仲さんも「職員の給与が低いのは課題」と指摘し、こう続けます。
「ある大学は、海外の優秀な先生を呼んでも定着しないと嘆いていました。理由を聞いたら、一番のネックは言語だとか。家族を連れて来日し、病院にかかったときに、『書類をすべて日本語で書いてくれ』と職場でいわれるなんて、たしかに困惑してしまいますよね。少なくとも英語でサポートできる職員は必要です。英語環境をもっと整えないと、研究者獲得の国際競争に負けて、それが研究力にも悪影響を及ぼすでしょう」

深刻度を増す少子化。経営課題をどう解決する?

2032年、18歳人口は100万人を割るとされています。そうした時代に学生を確保するため、何をすればいいのでしょうか。仲さんは、近年の学生の傾向を次のように話します。
「若い世代はデジタルネイティブで、情報リテラシーが高い。何か一つ買うのでも、失敗しないように口コミを細かくチェックします。普段の買い物でもそうですから、大きな買い物となる大学選びはなおさら。2030年は、その傾向がさらに強まっているでしょう」

~ 入学後のリアリティを見せられるかが鍵

どうすればそうした世代を振り向かせられるのか。仲さんは「リアリティが鍵」とアドバイスします。
「大学の広報は、きれいなストーリーを見せたいと考えるかもしれません。しかし、今の若い世代はその情報がつくられたものかどうかをかぎ分ける嗅覚が鋭い。つくりこんだものよりも、先輩たちのリアルな声を届けたほうが響くのではないでしょうか」
学生を受け入れた後も重要です。企業と学生をつなぐ事業を展開している仲さんは、採用と入学の共通点をこう話します。
「採用も入学も、そこがゴールではありません。学生を獲得して終わりでは、学生のエンゲージメント―わかりやすくいえば愛校精神―が下がります。入学後の学生にいかにハッピーになってもらうかが、入学希望者の数に影響を与えるでしょう」
では、どうすれば学生をハッピーにできるのでしょうか。「学生が自分の大学に求めていることを実現することが基本」と前置きしつつ、マーケティングのヒントをくれました。
「学生の募集は、ジムやラウンジの会員募集に近い印象です。ジムでいえば通いやすいか、どんなプログラムがあるのか。会員制ラウンジでいえば、そこにどのような人がいて、どのようなコミュニティがあるのか。それらの恩恵を感じてもらうことが大切です」
佐藤さんは元高校教師の経験から、次のように語ります。
「かつては一般論として、国公立は学科の幅が広く、授業料が安くて、ST比が低い、私学は独自の特徴的なカリキュラムを持っているという違いがありました。しかし、いまや国公立と私学の差は小さくなり、それ以上に個々の大学の違いが際立つようになりました。実際、最近の高校生は国公立か私立かは気にせず、自分が行きたい大学を選ぶようになっています。親も同じです。少子化で1人あたりにかけられる教育費が増え、経済的な理由で進学先を制限するケースが減っているように感じます」
行きたい大学を選ぶ時代になれば、明暗を分けるのは何でしょうか。佐藤さんも仲さんと同じく、口コミの影響が大きいと話します。
「高校生は『キャンパスで過ごす4年間』をイメージして大学を選びます。それらを広報によって伝えることも重要ですが、現場の感覚でいうと、それ以上に重要なのは口コミです。入学した先輩が満足しているかどうか。さらに社会に出た後に、企業から『あの大学の出身者は優秀』と評価されるかどうか。そういった声が、結局は最も効果が大きいのです」

~ デジタル化と国際化で海外市場に活路を

一方、星さんがモデルケースとして挙げるのは、前述のアリゾナ州立大学です。
「アリゾナ州立大学はキャンパスがそれほど大きくありませんが、学生は15万人います。それはオンラインをうまく活用しているからです。オンラインなら海外からも受講が可能で、同校は2万人が海外居住者。同様に、成長する海外市場にオンラインで参入すれば活路が見出せるはずです」
とはいえ、門戸を開けばすぐに海外から学生が殺到するのかというと、そう甘くはないようです。
「海外の学生を呼び込むには、授業の英語化が必須。さらにDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)を推進して、多文化共生の環境整備も欠かせません。これらは国内の学生に対しても、国際人として活躍する素地をつくれるというアピールになります」
今後の大学を取り巻く環境は、必ずしも明るいものではありません。しかし、やり方次第では、日本のみならず世界で必要とされる大学になれるでしょう。そのための第一歩を踏み出すことが肝要です。

今回インタビューさせたいただいた方

BILANC31「徹底検証! 2030年の大学」 スタンフォードオンラインハイスクール校長
星 友啓氏(ほし・ともひろ)
BILANC31「徹底検証! 2030年の大学 山形県立産業技術短期大学校長
佐藤 俊一氏(さとう・しゅんいち)
BILANC31「徹底検証! 2030年の大学生 ウォンテッドリー創業者・代表取締役CEO
仲 暁子(なか・あきこ)
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