広報活動

知識力と身体力を鍛えて身を守る

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構成:村上 敬 
撮影:水野浩志 
編集:プレジデント社

古典を読んで考える力と発想力を育み、豊かな人生を手に入れる

BILANC26「大人のための勉強法」鎌田先生 京都大学名誉教授
京都大学レジリエンス実践ユニット特任教授
鎌田 浩毅氏(かまた・ひろき)
1955年生まれ。東京大学理学部地学科卒業。通産省を経て97年より京都大学大学院人間・環境学研究科教授。2021年4月より現職。専門は火山学・地球科学、科学教育。近著に『理系的アタマの使い方』(PHP文庫)、『新版一生モノの勉強法』(ちくま文庫)、『100年無敵の勉強法』(筑摩書房)など。

~活きた時間を増やす古典の読み方

教養を身につけると、いきいきと過ごせる「活きた時間」が増え、退屈に感じる「死んだ時間」を減らせるでしょう。
勉強を通じて新たな発想を知ると、物事の捉え方が変わります。視座が変われば「あの出来事はこういうふうにも解釈できる」と、いままでの思い込みから解放されるからです。そうすると、未知の扉を開く楽しみができ、活きた時間が増えていきます。こうして自分の世界が広がっていく―。それがおもしろく人生を送るということであり、勉強する意味はそこにあるのです。京都大学で教鞭を振るっていたときも、このことを学生たちによく話してきました。
問題は、どのように教養を身につけるか。そのためには「知識力」と「身体力」を育むことがポイントとなります。
まずは知識力の養い方について、私なりの考えをお話しします。いまやネットで情報を得る時代になりました。ネットは便利な半面、変化ばかりに関心が向くようになり、自分の頭で考えなくなる危険があります。私はやはり書物、とくに古典から学ぶことをおすすめします。古典を読むと、時代を超えて変わらない真理を吸収できるからです。さらに、著者の言葉をきっかけに自分の見方を発展させる手段として優れています。
先ほど、活きた時間と死んだ時間の話をしました。時間の使い方は私にとって大きなテーマの一つです。実は私の時間術は、フランスの哲学者、アンリ・ベルクソンの名著『時間と自由』に影響を受けています。同書には、「いまどのように時間を使うべきか」のヒントがあふれています。
「古典といわれても、何から読めばいいかわからない」という方は、古典のブックガイドが頼りになります。拙著『座右の古典』(ちくま文庫)では、仕事の問題解決にも活かせる50冊を紹介しています。ただ、読書対象を難解な大古典に限る必要はありません。図書館でたまたま見かけた本、電車の中で隣の人が読んでいた本、ネットでの書評に魅かれた本……。きっかけはいろいろありますから、その中から自分に合う一冊を見つけてください。そして、その本を人生の節目ごとに繰り返し読んでみましょう。同じ本でも20代と、40代では気づくことが違うはずです。多読・速読するより、生き方の指針となる著者を見つけ、一生にわたり付き合う方が、世界への理解が深まっていきます。

BILANC26「大人のための勉強法」鎌田先生図表

~想定外の時代には身体感覚が重要に!

勉強は、まず本を読んで知を積み上げていくことが基本です。ただ、これまで常識とされていた知の体系を「精神」や「頭」の学問とするなら、同時に「身体」の勉強もしてほしいと思います。なぜなら変化が激しく、不確定な時代を生き抜くには身体の声、つまり“直観力”が求められるからです。
日本は2011(平成23)年の東日本大震災から大地変動の時代に入りました。私の専門は地球科学ですが、これから直下型地震が増え、南海トラフ地震が起き、富士山が噴火することは間違いありません(拙著『富士山噴火と南海トラフ』講談社)。
ただし、地球科学は複雑系であり、スーパーコンピュータを回しても何年何月に地震が起きると予測できませんし、頭で考えたところで限界があります。想定外のことが起きても直観を生かして生き延びるためには、地球と同じく複雑系である身体に忠実に生きることがカギとなるでしょう。
科学者として、危機感が増しているからこそ、みなさんには身体に着目した学びを意識してもらいたいと強く願っています。最新の拙著『100年無敵の勉強法』(筑摩書房)に、身体の学習に着目した考えをわかりやすくまとめたので、参考にしてみてください。
身体の勉強といっても、難しく考える必要はありません。旅行に行ったりスポーツしたり、生身の身体を動かして、生身の人に会う。そうしていくうちに身体の感覚が研ぎ澄まされていき、頭では気づけないことに気づけるようになっていくのです。
また、自分に合う本を見つけるときにも身体感覚が頼りになるでしょう。例えば、おもしろいと思う本は肩がこらず、心地よく読めます。逆に読んでいて首が緊張したり、眉間にシワがよったりするようだったら、その本は体質に合わない証拠です(図表②参照)。人には向き・不向きがあります。「合わない」と感じたら、無理やり読む必要はありません。その労力を他の勉強にあてた方が有意義です。

BILANC26「大人のための勉強法」鳥潟先生図表

変化が激しく不確定な時代には、身体の声を聞く姿勢が大切

~知識と感性を探求し人生を楽しく

このように、身体に意識を向けるチャンスはどこにでもあります。さらに身体を学ぶと、非常事態の対策になるだけではなく、心豊かな日々を送るのにも役立つのです。身体の重要性を熟知していたのが、近世哲学の祖として有名な哲学者デカルトでした。あらゆる書物を読みあさり、学問を究めたデカルトですが、「世界という大きな書物に見いだされる学問」の中に飛び込もうと母国での安泰を捨てて、諸国を放浪します。そうして生まれたのが、真理を探求するための発想法を説いた『方法序説』です。デカルトは知識一辺倒にならず、感性を育んだからこそ、この名著を生みだせました。
デカルトのように、これまで積み上げてきたものを捨てるのは、勇気がいることに思えるでしょう。しかし、捨ててみれば案外どうにかなるものです。
私は2021年春に京都大学教授を退官しました。いまは特任教授、名誉教授という肩書きをもらっていますが、無給の名誉職です。先日、ハローワークに行ってみたら、「何か資格ありますか」「名誉教授です」「それでは求人がありませんね」と言われる始末です(笑)。頭で考えると、この生活は寂しく見えるかもしれません。しかし、私としては毎日が発見と学びの連続で、刺激的な日々を過ごせているので幸せです。
このように感じられているのは、身体の学びを積み重ねてきたおかげでしょう。定年を迎え、第二の人生を送っているいま、頭と身体の両方に意識を向けて学び続けることが人生を謳歌する秘訣だと実感しています。

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