広報活動

コロナ禍で自主学習の必要性が高まる

 一覧に戻る

構成:村上 敬 
写真:リクルートワーク研究所 
編集:プレジデント社

自己啓発の時間を確保し、変化の激しい社会を生き抜く

BILANC26「大人のための勉強法」孫先生 リクルートワークス研究所 研究員・アナリスト
孫 亜文氏(そん・あもん)
一橋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。2015年にリクルートワークス研究所に入所。全国約5万人を対象とした「全国就業実態パネル調査」の調査設計・運営を担当する。研究領域は労労働経済学、応用計量経済学、行動経済学。第17回(平成28年度)労働関係論文優秀賞受賞。

~3年連続上昇中の「学習機会」に異変

コロナ禍は日本の働き方に影響を与えました。それによって働く人の学びの状況も変化した可能性があります。社会人の勉強について定量的に分析した調査結果をご紹介しましょう。
リクルートワークス研究所は、2016(平成28)年から毎年、「Works Index」という働き方指標を調査して発表しています。この中に「学習・訓練」という指標があり、20年は31.0ptで、前年比マイナス2.1ptでした(理想の状態を100ptとして算出。図表①参照)。

BILANC26「大人のための勉強法」孫先生図表

ここだけを切り取ってみると、働く人が学ばなくなったように見えるかもしれません。しかし17~19年は、3年連続で上昇していました。
背景には政府の方針で、「働き方改革実行計画」の3つの課題のひとつとして「単線型の日本のキャリアパス」を変えていくことの必要性が提言されたことがあります。その実現のためには、社会人の学び直しが活発に行われキャリアチェンジしやすい社会がつくられる必要があります。
コロナ禍で学びがどのように変わったのか、細かく見ていきましょう。「学習・訓練」の中の指標は「難易度の高い、多様なタスク」「OJT」「OFF-JT」「自己啓発」という要素によって構成されています。「OJT」は、20年に1.9pt下がりました。どのような学習機会が減ったのかを尋ねると、「指導されずに、まわりの状況を見て学ぶ」がマイナス1.4ptで、「計画的な指導」「マニュアルを読む」などの他の機会に比べて大きく低下しました。
調査対象がOJT等の対象か否かを条件にしていないため、調査結果でポイントが減少しているからといって必ずしも悪いとは言い切れませんが、この結果から読み取れるのは対面業務の減少です。テレワークにシフトしたり、業種によっては休業して仕事自体がなかったり、さまざまなケースが考えられますが、いずれにしても対面業務の減少が観察の機会を奪い、OJTのスコア低下につながっているのです。

対面業務が減少したことでOJTの機会が低下

~「忙しいから」は学ばない理由ではない

「OFF-JT」も同様だと考えられます。1回目の緊急事態宣言は4月半ばで、例年ならば新入社員研修が行われる時期でした。
その影響で新入社員のOFF-JTの機会が減少。企業の人材開発部門もコロナ対応で忙しくなり、学びの体制を整えるのが難しい状況が20年のマイナス4.2ptという結果につながったと考えられます。
今後リモートワークとオフィスワークなどを組み合わせた働き方が定着して完全に元に戻らないとすると、企業はどのような研修をオンラインで行い、何を対面でやるかの見極めが重要になってくるでしょう。
では、働く人の意識はどのような状況なのか。「自己啓発」のスコアを見ると、20年はマイナス1.0ptで、やや低下しました。
自己啓発については2018年の分析で興味深いことがわかりました。「OJT」「OFF-JT」「自己啓発」のいずれでも学びの機会がなかった人は51.1%いて、学ばなかった理由について選択肢を示して尋ねたところ、「あてはまるものはない」という回答が51.2%に達しました。学ばない理由として「忙しいから」という人もいます。実際、このときの調査では15.0%がそのように回答していました。
しかし、労働時間を前年と比べても、労働時間の減少と学びの機会について相関関係はありませんでした。つまり、時間があっても学ばない人は学ばず、学ばないことに特段の理由もなかったのです(図表②参照)。

BILANC26「大人のための勉強法」孫先生図表

~リスキリングが求められる

では、自己学習を促すプラスの要素はないのか。そのことについて分析したところ、「OJT」「OFF-JT」の機会があるほど「自己啓発」も改善しました。
OJTやOFF-JTが自己啓発を促すなら、「2020年度の自己啓発のスコア低下は、OJTやOFF-JTの機会が減ったから」と説明することも可能です。
ただ、OJTやOFF-JTのスコア低下に比べると、自己啓発のスコア低下は軽微でした。一方で、「OJTやOFF-JTの機会が減ったから、危機感を感じて自己啓発した」という効果がある可能性もあります。まだ分析中で断言できませんが、コロナ禍でOJTやOFF-JTが減り、学習意欲を低下させた層と、逆に積極的に学ぶようになった層で二極化した可能性は高いと思います。
学びで最も重要なのは、目的を持つことです。ここ最近、リスキリング(業務で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するための学習・DXなど)の必要性が議論されるようになっていますが、企業は従業員にどのようなスキル転換をしてほしいのか示すこと、個人は今の仕事に何が必要になるか考えることが大切です。それが、企業の経営戦略を実現しやすく、個人にとってもキャリアチェンジしやすい社会の実現にもつながります。
私自身は、既存の知識やスキルに縛られず、新しい波に乗ることに楽しさを見出しています。私の専門である労働経済の世界は進化が速く、既存のやり方に固執しているとすぐ置いていかれます。おそらくそれは一般の仕事も同じでしょう。新しいものに柔軟に対応して吸収していくことが、働く人一人ひとりの世界を広げてくれるはずです。

資料 「Works Report 2018 どうすれば人は学ぶのか」
https://www.works-i.com/research/others/item/180807_jpsedmanabi.pdf
「Works Report 2021 Works Index 2020」
https://www.works-i.com/research/works-report/2021/works_index_2020.html
「Works Report 2021リスキリングする組織」
https://www.works-i.com/research/works-report/2021/reskillingtext2021.html
Top