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「睡眠負債」を溜めずに生産性UP!

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皆さんは最近注目されている「睡眠負債」をご存じでしょうか?
自覚なしに睡眠不足が積み重なった現代病です。その正体と改善策に迫ります。

構成:野澤正毅 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

BILANC25枝川様 早稲田大学理工学術院教授
枝川 義邦氏(えだがわ・よしくに)
脳神経科学者。1998年、東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了、博士(薬学)。2007年、早稲田大学ビジネススクール修了、MBA。早稲田大学高等研究所などを経て、2020年から現職。一般向けの著書は『タイプがわかればうまくいく! コミュニケーションスキル』(総合法令出版)、『「脳が若い人」と「脳が老ける人」の習慣』(明日香出版社)など。

~病気のリスクを高め、経済にも打撃を与える

徹夜すれば、翌日に体がきついのは、誰にでもわかります。一方で、1~2時間の睡眠不足が数日続く程度なら、多少眠気が残っていても、気にしない人が多いでしょう。ところが、睡眠不足はその都度、体に負担を与えていて、積み重なると、ダメージが“借金”のように、脳や体に蓄積されてしまう―それが睡眠負債です。
日本は世界と比較して睡眠時間が短く、労働生産性が低いといわれています。睡眠不足の状態では、集中力や思考力が落ちて、仕事のパフォーマンス低下につながりかねません。2016年の米国ランド研究所のレポートによれば、日本人の睡眠不足による経済損失は、国内総生産(GDP)の約2.9%にあたる年間1380億米ドル(約15兆円)に達し、調査対象5カ国(日、米、独、英、加)の中でGDPの損失率が最も高いとあります。
睡眠負債が一定レベルを超えると、重大な病気を引き起こすことも、近年の研究でわかってきました。例えば、睡眠負債が多くなるほど、認知症のリスクが高まります。また、睡眠不足は、糖尿病、高血圧症をはじめ、免疫の働きも低下させます。風邪やインフルエンザのウイルスはもちろん、新型コロナウイルスに感染しやすくなるとも考えられます。睡眠時間が少ない人ほど、がんのリスクが上昇するという研究報告もあります。自治医科大学が4419人の男性を調査したところ、睡眠時間が6時間以下の人は、7~8時間の人に比べて、死亡率が2.4倍に高まることがわかりました。

BILANC25「働き方新潮流06」枝川先生図表

~ショートスリーパーはほとんどいない

睡眠負債の恐ろしさがわかったところで、睡眠負債が知らないうちに溜まっていないかどうかを、自分で確認する方法をご紹介しましょう。
これまでの研究で、個人差はあれど、多くの方の適正な睡眠時間が、1日6.5~7.5時間であることがわかっています。つまり、睡眠時間が6時間未満の人は、睡眠負債が溜まっている可能性大です。なお、5時間程度の睡眠でも健康でいられる「ショートスリーパー」も実際にいますが、遺伝子の影響が大きく、人口の1%未満ともいわれています。「自分は睡眠時間が短くても平気」と言う人のほとんどは、“思い込み”と言えるでしょう。
自分の睡眠に問題があるかわからない方は、「目覚めたときにスッキリしない」「起床して3~4時間しか経っていないのに、眠気が起こる」「横になったら、5分も経たないうちに寝落ちする」という点が当てはまったら、睡眠負債を抱えている可能性が大きいでしょう(図表②参照)。

BILANC25「働き方新潮流06」枝川先生図表

では、睡眠負債を増やさないために、どうすればいいのでしょうか? 十分な睡眠時間を毎日確保するのは言うまでもありませんが、“眠り方”にも気を付けましょう。長く床に就いていたのに、「ぐっすり眠れなくて寝不足」という人が、意外と多いのです。睡眠は“量”だけでなく、“質”も重要となります。

~メラトニンの分泌を整え眠りの質を高める

質の高い睡眠のためのキーワードに「睡眠圧」があります。これは深く眠るための力です。そこで、睡眠圧を高めるためのコツもご紹介しましょう(図表③参照)。

BILANC25「働き方新潮流06」枝川先生図表

1つめは、「規則正しい生活を心がけること」。そうしないと、眠気、睡眠の維持に作用し、生体リズムを整えると考えられる脳内ホルモン「メラトニン」が、正しく働かないからです。休日も平日と同じ時間に起床、就寝するのが望ましいです。休日の夜更かしや寝坊は「平日のプラス2時間まで」にして、月曜日からの生体リズムがスムーズに戻せるようにしましょう。睡眠負債を解消しようと休日に2時間以上遅くまで寝ているとリズムが崩れ、ブルーマンデーの原因になるともいわれています。昼間は明るい場所でよく体を動かし、夜は暗い場所でリラックスするという具合に、生活パターンにメリハリをつけるのがおすすめです。中高年になると、「中途覚醒」が増えますが、明かりを点けたり、水を飲んだりせずに、そのまま起き上がらないでジッとしてみましょう。たいてい再び眠りに落ちるはずです。
なお、午後10時~午前2時が「美肌作りのゴールデンタイム」などといわれていますが、科学的根拠は希薄です。皮膚の新陳代謝などを促す成長ホルモンは、就寝後3時間以内に80%が分泌され、この時間帯に質の高い睡眠をとることが重要となります。
2つめは「入浴」です。深部体温が低下すると、眠気が高まる性質があります。眠る2~3時間前に風呂に入ると、深部体温がいったん上昇するのですが、風呂から上がった後、体は手足から放熱して、深部体温が下がるので眠たくなるのです。入浴では、39~40℃のぬるま湯に15~20分つかるようにしましょう。熱い風呂やシャワーでは、体表面は温まりますが、深部体温は上昇しにくいのです。
3つめは、「眠る環境を整えること」。光や音、匂いといった脳への刺激をなるべく少なくします。眠る前にPCやスマートフォンを見てしまうと、画面から発せられる「ブルーライト」が眠りを誘うメラトニンの分泌を抑えるばかりか、その内容が脳を覚醒させてしまいます。強い照明に当たるのも同様です。寝室では、落ち着きのある色の間接照明などを使うとよいでしょう。外からの光や音を遮断する、遮光・遮音カーテンもおすすめです。
寝室の温度や湿度管理にも気を配りましょう。湿度が高いと深部体温が下がりにくくなり、寝付きが悪くなります。汗の塩分も深部体温が下がるのを妨げるので、寝汗を吸着しやすい素材でできたパジャマを着て寝るとよいでしょう。
それでも睡眠不足になり、昼間に眠気に襲われる場合は、思い切って仮眠を取るのも手です。ただし、30分以内にしましょう。それ以上眠ると、眠りが深くなり、目覚めにくくなるからです。寝る前にコーヒーを飲めば、20~30分でカフェインが効いてくるので、スッキリと起きられます。
ご紹介した快眠法で睡眠負債を溜め込まないようにして、健康を守りながら、仕事の生産性を高めていきましょう。

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