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大事なのはツールより目的。今さら聞けない「DX」の超基本

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私たちの暮らしやビジネスに変革をもたらすとされる「デジタルトランスフォーメーション(DX)」。大学においても、さまざまな効果が期待できそうです。
DXで何がどう変わるのか、意義や導入のポイントなどについて探ります。

構成:江頭紀子 
編集:プレジデント社

BILANC24松井様 SAPジャパン インダストリー・バリュー・エンジニア
松井 昌代氏(まつい・まさよ)
外資系コンサルティング会社を経て2013年、SAPジャパンに入社し、顧客のグローバルビジネスを支援。現在では医療や防災など業界横断型のイノベーション推進などを担当している。最新刊『進化するデジタルトランスフォーメーション Hope for tomorrow』。その他の著書に『進化するデジタルトランスフォーメーション Beyond 2025』などがある。

~課題解決のためデジタル技術を駆使する

DXとはデジタルトランスフォーメー ション(Digital Transformation)のことです。長いので「DX」と呼ばれていますが、この「DX」という言葉が一人歩きしているように感じます。
みなさんは、アナログなものをデジタル化すればいいと思っていないでしょうか。デジタル技術にはさまざまなものがありますが、デジタル化がDXだと思っていたら、それは大きな誤解です。
政府や企業、大学など組織が掲げるビジョンやミッションを実現するには、さまざまな経営課題を解決しなくてはなりません。その手段としてデジタル技術を取り入れることがDXです。単にデジタル技術を使うことではありません。表現を変えれば「デジタル技術を使って変革すること」です。収益が上がらないなど課題が解決できなければ、それはDXではありません。
では、なぜいまDXが必要だといわれるのでしょうか。その答えは、2018年に経済産業省が発表した「DXレポート」と呼ばれる資料にあります。そこには、DXを実現できない組織が競争力の低下を引き起こし、25年以降、年間で18年当時の約3倍(約12兆円)もの経済損失が生じる可能性があると書かれています。これが「2025年の崖」です。この中には当然、大学経営における損失も含まれます。DXを実現しないと、どんな組織でも先細ってしまうということです。
この基本を押さえたうえで、DX実現のための要点を紹介していきましょう。一つ目は、「何を解決したいか」という目的を明確にすることです。その後、さまざまなデジタル技術の中から何を使うかを決めていきます。「どんなツールを使うか」ではなく、「何を解決しなくてはならないか」が先なのです。
二つ目は、データの標準ルールを決めておくこと。欲しいデータに手書きのものが混じっていたら入力しなければなりませんし、そこで入力ミスが起きる可能性もあります。また「交際費」のように定義があいまいな項目も要注意です。データ入力者ごとに含む内容が違うと数字の意味合いが変わり、その数字自体を信用できなくなります。
こうしたことが起こらないように、共通のルールでデータが集まるようにして、その集まった情報の中身を分析して判断し、次のアクションにつなぎます。

~DXがうまくいく大学は学生からも信頼される

そして三つ目が、データを見て経営分析できる人がいることです。データは集めるだけでは意味がないし、「前年比○%アップ」という程度の分析では、経営に役立つとは言い難いですよね。集めた情報から、課題発見や適切な投資先の選択、経営計画の策定などを的確に分析し、経営に有効活用できる人がいなくては、宝の持ち腐れです。

DXを実現させる三つのポイント
1.目的を明確にする
DXで大事なのは「どのツールを使うか」ではなく、「何を解決したいか」という目的意識。アナログの情報をシステムデータ化するのは、単なる「デジタル化」であって、DXではない。
2.データのルールを決める
作成者ごとに内容が変わっては意味がない。また、独自に開発されたソフトやプログラムではなく、世界標準となっているツールを使うと、作業効率がアップする。
3.データ分析と経営判断ができる人材配置
分析者がそのまま経営判断できるのが理想。欧米では大学にCEO(最高経営責任者)やCOO(最高執行責任者)を置くのが常識だが、日本ではあまり例がない。

では、大学では具体的にどうDXを推進すればいいのでしょうか。
例えば「職員の人件費を有効に使っているかを明らかにしたい」なら、ITシステムを使って各職員のスキルを明確化し、配置が適切か分析する、といったことが考えられます。こうしたことは民間企業でも行われていますが、大学が民間企業と大きく異なる点があります。学生、つまりデジタルネイティブと日々接していることです。このことはDXを実現するにあたり、大きなメリットとなりますが、うまくいかないと学生の失望につながります。DXが進まず、旧態依然とした大学で過ごした学生は、卒業後DXが進展した現実社会とのギャップに困惑するでしょう。中には「母校は何をやっていたのだ」と、態度に示す卒業生が表れるかもしれません。
もちろん在学中でも、学生は大学をチェックしていますから、後れをとっていると学生からの評価は下がります。しかし一方で、DXで学生のモチベーションを上げることもできます。例えば学生の声を集めて授業や大学運営に活かしていく方法です。欧米の大学の中には、学生のスマートフォンにアプリを配り、講義の評価が、教員だけでなく大学の経営側にも届くように設計しているところもあります。そうなると教員も真剣勝負です。おのずと授業の質が上がっていき、学生たちの満足度も高くなります。
ここでも大切なのは、「授業満足度を上げたい」という目的が先にあることです。「とりあえず授業のアンケートを取ろう」と学生の声を集めるだけでは何の解決にもなりませんし、そのうち誰もアンケートに答えなくなるでしょう。

~デジタルネイティブと接する強みを活かす

最後に大学でのDX事例を二つご紹介しましょう。
一つがアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の事例で、広大な学内の駐車場の空き情報を提供するシステムを導入して学生にモバイルアプリを提供し、アプリで駐車場を予約できる仕組みをつくりました。駐車場の出入口にあるカメラでナンバープレートを読み込み、自動決済できるようにもしています。
MITの例は、学生にとってどんなことが必要かを、当事者である学生たちと一緒にアイデア出しをしていることがポイントです。単に声を集めるだけではなく、大学運営に学生を参画させているのです。これは学生にとって、非常にエキサイティングな経験です。学生の利便性の向上だけでなく、“今までしたことのない経験ができる大学”は、学生からの評価が高くないわけがありません。
デジタルネイティブの力を活かせる立場にあることを、ぜひ自覚してほしいと思います。
もう一つは国内から、早稲田大学の例です。ここでは会計管理を一元化できる弊社のシステムを導入して研究力・財務体質の強化を目指すほか、支払業務を自動化することで、約30%の生産性向上を実現しています。生産性が上がればそのぶん新たなことに投資でき、よりレベルの高い学びを提供できます。学生も多く集まり、経営基盤が強化できる好循環が生まれるのです。何より、未来を担う学生をしっかり育てられる大学となります。これが一番の収穫でしょう。社会にとっても大きな価値となりますから。
企業でも大学でも、誰かの、あるいは社会の役に立っていなければ、生き残ることはできません。これから先を生きる若い人や未来の社会に必要とされる大学となるためにも、DX推進について考えてみてはいかがでしょうか。

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