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“リモート”より“リアル”を!音大が挑む「学生ファースト」

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新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、多くの大学がリモート教育への転換を余儀なくされています。音楽大学としていかにこの状況下で対面授業を実施するか、武蔵野音楽大学の福井直昭学長にお話をうかがいました。

bilanc23特集記事「武蔵野音楽大学福井直昭学長」
左から武蔵野音楽大学 福井直昭学長、当財団 守田芳秋常務理事


※2020年12月発行BILANC vol.23に掲載
※この対談は2020年10月14日に行われました
構成:野澤正毅 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

~ 対面レッスンを模索

守田 今、多くの大学がリモート教育への転換を余儀なくされています。しかし、講義形式で進める授業とは異なり、実技や実習が中心の授業では「リモート教育には限界がある」という声も耳にします。音楽教育は、まさに実技が中心となっているわけですが、貴学では、コロナ禍における音楽教育のあり方をどのようにお考えでしょうか。

福井直昭先生(以下、「福井」) ご指摘のとおりで、リモートは音楽教育に馴染みません。音楽大学ではマンツーマンの対面レッスンが基本です。生の演奏や発声をその場で直接聴かなければ、音の良し悪しがわからず、指導ができないからです。
自宅での練習が難しいこともネックです。音量の問題があるからです。とりわけコロナ禍では、家で過ごす人が増えているので、練習がご近所とのトラブルの原因になるリスクも高まっています。それに、合奏では音合わせが欠かせないし、自宅に持ち帰るのが難しい大型の楽器類もあります。そうした学生のためにも、なるべくキャンパスでのレッスンと練習の機会を減らしたくないというのが本音です。
とはいえ感染予防は簡単ではありません。音楽のレッスンの場合、音漏れを防ぐための密閉された室内で管楽器を吹いたり、歌ったりするわけですから、飛沫が拡散しやすく、感染リスクがつきまとってしまうものです。ウィズコロナでも継続できる新しい教育のあり方も、一方で模索していかなければなりません。

守田 新しい音楽教育のあり方とは、どのようなものでしょうか。

福井 ポイントは、音楽教育とコロナの感染予防をどうやって両立させるか。座学は対面とリモートのハイブリッドで質を高め、実技については対面のレッスンをなるべく維持したいと考えています。

~ 特色ある感染拡大防止策

守田 貴学ではコロナの感染拡大後に、教育活動を大幅に見直されたとうかがっています。具体的には、どのような点を変更されたのでしょうか。

福井 感染状況に対応して、教育体制も柔軟に変えていかなければならないと考えました。そこで、「新型コロナウイルス感染拡大防止のための活動制限指針」を策定し、感染拡大の度合いに応じたレベル0から8までの制限内容を決めました(下表参照)。政府が4月7日に東京を含む7都府県に「緊急事 態宣言」を発出した後、キャンパス入構禁止など最も重いレベル8の対応を取ることにし、その後徐々にレベルを引き下げ、現在はレベル2として対面での実技個人レッスンを行っています。しかし、感染の状況によっては今後レベルを引き上げることもありえます。

守田 感染状況に対応して、段階的に細かく教育体制を切り替えていくというアイデアは素晴らしいですね。

福井 感染予防のためのさまざまな手も打っています。例えば、すべての教室で教員と学生の間にパーテーションを設置したり、楽器と楽器の距離を開けたりしています。ピアノのような共用する楽器は、楽器を傷めないように注意しながら演奏ごとに消毒していますし、こまめに室内も換気しています。ホールやレッスン室、練習室の使用も予約による交替制にして、人口が過密にならないように注意しています。キャンパスに入る際には、来訪の目的を確認したり、検温・消毒を徹底したり、マスクの着用を義務付けたりしています。その一方で、音楽理論のような座学は極力、リモートにシフトさせています。

守田 コロナ禍だからといって、すべてをオンラインに切り替えるのではなく、可能な限りリアルな教育機会を追求されていらっしゃるのですね。

福井 そこは音楽大学ならではの悩みです。そもそも対面のレッスンを受けられなければ、学生も、何のために入学したのかわからないでしょう。

bilanc23特集記事「武蔵野音楽大学福井直昭学長」
コロナ禍でも対面レッスンができるよう、教室に飛沫防止パネルを設置した
(提供:武蔵野音楽大学)

~ 実技試験や入試にも特例を

守田 まさに「学生ファースト」ですね。ところで実技試験についてはいかがですか。2020(令和2)年度前期は、関東の主な音大が軒並み取り止めたようですが。

福井 本学では2020年7月に予定通り前期試験を実施しました。学生のほとんどが受けましたが、コロナ禍における東京の現状に配慮し、特例で10月に再試験を認めています。

守田 音大の学生は、基本的に実技の学びを重要視するかと思いますが、リモートでの音楽教育を希望する学生もいるのでしょうか。

福井 ごく少数ですが、そういう学生や保護者もいます。例えば、高齢の家族と同居していて、学生が家族に感染させるのを心配するケースでしょうね。

守田 音楽大学の場合、入試でも実技試験があります。貴学ではどのような形で実施されるのですか。

福井 入試では、生の演奏や発声による実技試験が欠かせません。そうしないと、受験生の実力がわからないからです。一瞬の失敗が命取りになる厳しい試験なのですが、本番に実力を出し切れるかどうかも、音楽のプロに求められる資質だと私は考えています。したがって本学では、2021(令和3)年度入試でも、例年通りに実技試験を課す予定です。ただし、コロナ禍における特例で、演奏の動画提出を認めるといった「リモート受験」も検討しています。より多くの受験生にチャンスを与えたいからです。

守田 「リアル」が求められる音楽教育の場においても、学生や受験生一人ひとりの事情に応じて、さまざまな選択肢を用意されているのですね。
ところで音楽大学の受験生は志望動機は明確だろうと考えられます。とはいえ、18歳人口が減る中で、受験者数や入学者数の確保は、大学経営にとって重要な課題でもあります。2020年度に就任された福井学長にとって、コロナ禍での難しい船出になりましたが、貴学が今後も発展していくために必要とお考えになっていることや、取り組んでおられることなどをお聞かせください。

福井 少子化で若者が減れば、音楽人口や音大への進学者も必然的に少なくなるでしょう。しかし、音楽に触れる機会を拡大すれば、音楽人口の減少を食い止められるとも考えています。そのためには、音楽の楽しさ、素晴らしさを伝える人材を育て、増やしていく必要があります。本学のミッションは、そこにあると考えています。そうした人材は、単なる音楽の専門家=「音楽人」ではなく、総合的な人間力を備えた、自立した社会人であるべきというのが、建学以来の本学の考え方です。数ある音大の中における本学の特長も、そこにあるわけです。

~ 進化する音楽大学

守田 総合力を備えた人間形成のため、どのような教育に力を入れておられるのでしょうか。

福井 ソフトとハードの両面があります。ソフト面では、人材育成の根幹を担う教員の獲得です。音大の評価は教員によって左右されるといっても過言ではありません。音楽の世界では、マンツーマンの教育環境によって育まれる、時には家族以上ともいえる師弟関係がつきものです。教員と卒業生の交流は一生涯続くといってよく、その関係は本学の将来にも関わってきます。
ハード面では、音楽に取り組む環境づくりです。一例を挙げれば、2017(平成29)年に竣工した新しい江古田キャンパスには最新の設備を随所に取り入れました。

守田 江古田キャンパスは、学修環境がとても充実しているとお見受けします。中でも目玉となるのは、どのような設備でしょうか。

福井 旧キャンパス施設で唯一保存・改修した日本初の本格的なコンサートホール「ベートーヴェンホール」、最新の音響設計による「ブラームスホール」、「モーツァルトホール」に加え、用途により響きが異なった3つのリハーサルホールを中心とした演奏環境が整っています。また三層構造の図書館、プロユースに対応した録音スタジオのほか、日本最大級の「楽器ミュージアム」の開館も予定しています。

守田 音楽大学の将来について、どのような展望をお持ちなのか、最後にぜひお聞かせください。

福井 芸術分野の中では若者の“クラシック離れ”を懸念する向きがあります。とりわけコロナ禍で音楽活動が停滞を余儀なくされ、そうしたクラシック離れの動きが加速するのではないかという危機感が、音楽業界では広がっています。しかし私は、中長期的には、そうした動きが鎮静化すると予想しています。クラシックが数百年の間、世界の人々に愛され、受け継がれてきたのは、それだけの価値があったからです。それは未来永劫、不変でしょう。今後ICTなどの技術が発達し、例えばAIが人間に代わって作曲をしたとしても、真の天才である大作曲家たちの作品の煌めきを超えることはできないでしょう。演奏に関しても同様です。そうした観点からも、50年後、100年後の音楽芸術を担う人材を育てていくべきだと考えています。

守田 クラシックの価値も、クラシックの教育を支える貴学も、不滅ということですね。
本日は貴重なお話を有難うございました。福井学長のますますのご活躍をお祈りしております。

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お話を伺った方
福井 直昭 氏:
武蔵野音楽大学学長
「邦人年間ベストリサイタル」の一つに選出されたデビュー・リサイタル以降、各地の国際音楽祭などに出演、受賞多数。2017年の新キャンパス竣工記念演奏会では臨場感あふれる音楽体験を聴衆と共有し、話題になった。武蔵野音楽大学ヴィルトゥオーソ学科長などを歴任し、2020年学長に就任。

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