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「自粛警察」にならない自分軸の築き方

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構成:上島寿子 
編集:プレジデント社

「集団」を重視しすぎると、行き過ぎた個人攻撃がはじまる

BILANC22「一億総模索時代」中野先生 脳科学者
中野 信子氏(なかの・のぶこ)
医学博士。東日本国際大学教授。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。フランス国立研究所に勤務した経験を持ち、コメンテーターとしても人気を得ている。『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)、『空気を読む脳』(講談社+α新書)など著書多数。

~正義感の暴走が自粛警察の元凶

新型コロナウイルスの感染拡大で各地に現れたのが自粛警察です。自粛要請に従わない個人や飲食店などをバッシングする人たちのことですが、私にしてみればこの現象は驚くに値しません。前々から存在していたものが、コロナ禍で顕在化しただけだからです。
では、なぜ自粛警察が出現したのでしょうか。背景には日本の地理的な条件などが影響しています。日本は平地が少なく人が密集しやすい地勢に加え、地震や台風などの災害大国です。その状況下で生き延びるために、コミュニティがことさら重視されてきました。ですから、個人より集団での行動規範や社会性が尊重されるため、同調圧力も強まります。ルールに従わない人は非難される、良くも悪くもそんな行動特性が古くから根付いているのです。
そもそも人間の脳は戦うようにできているので、他人より優位に立つと脳の側坐核が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。この快楽は麻薬並みに強烈で、さらなる刺激を求めて利害関係のない人まで標的にして攻撃を仕掛けます。いわば正義感の暴走によって出現したのが自粛警察なのです。
こうした状態に陥りやすいのは、規範意識が強い人です。ルールに従わない相手を見過ごせず、自分が正さなければという使命感のもとに行動します。また、自己肯定感の低い人にもよく見られます。ルール違反を指摘することが、相手より優位に立ちやすく、努力するより簡単であるのでとりつかれやすいのです。

~自集団への愛着が有事には諸刃の剣に

さらにもう一つ、自粛警察と深い関わりがあるのが脳内物質のオキシトシンです。大きな災害が起きると「みんなのために何かしなくては」という気持ちを引き起こすのがオキシトシン。“愛情ホルモン”とも呼ばれるように、これが分泌されるのはよいことですが、悪い面として過剰になると「自分はみんなのためにしているのに、あの人はやっていない」という負の感情を引き起こします。特に日本人はオキシトシンの受容体密度が高いとされています。
自集団バイアスを強めるのもオキシトシンの作用です。自分が所属する集団(国、地域など)への愛着が深まるがゆえに、思考が内向きになって排他的になりやすい。コロナ禍で言えば、飲食店に貼り紙したり、県外ナンバーの車に嫌がらせをしたり。愛情ホルモンのダークな一面と言えるでしょう。
このオキシトシンは、分泌量が同じでも受容体の密度によって反応が変わり、日本の環境で育った人は総じて密度が高く、反応しやすいことがわかっています。日本人は情が深いといわれるのはそのため。災害に直面すると国民一丸となって立ち向かえる半面、周囲と違う行動を取る人を村八分にしてしまう。オキシトシンはまさに諸刃の剣なのです。
いずれにしろ自粛警察のような正義感から他人を攻撃する行為は全ての人の脳に備わっている本能的な仕組みですから、完全に抑え込むことは不可能です。この存在を前提として、いかに生きていくかを考えなくてはなりません。

BILANC22「一億総模索時代」中野先生図表

どうしても苦言を呈したいときは「建設的なフィードバック」を

~メタ認知能力を鍛えて「許せない」を自主規制

まず気をつけたいのは自分が加害者にならないようにすることでしょう。誰もが自粛警察化する可能性があると認識するだけでも抑止力になります。どうしても一言言わずにいられない場合には、言葉を選んで建設的なフィードバックをしてほしいと思います。たとえば、「遠方に旅行に行くな」と責めても問題は解消されずかっこ良くもないです。それよりも、「近場にもこんなオススメの場所がありますよ」と提案したほうが建設的でかっこ良い。
「許せない」という怒りに対して自制心を働かせるには、メタ認知能力を鍛えるのも有効です(図表②参照)。メタ認知能力とは自分の思考や情動を客観的に認識する力で、自分の言動や周囲の状況を客観視する思考習慣をつけたり、意識的に新しい体験をしたりすることで鍛えられます。未知の体験を受け入れることで、メタ認知能力を司る前頭前野が活性化することがわかっているのです。

BILANC22「一億総模索時代」中野先生図表

もちろん、脳は体の一部ですから、健全な生活習慣も大切です。食事で言えば、オメガ3脂肪酸を含む青魚や、オメガ9脂肪酸の多いオリーブオイル、胡麻油など脳によい栄養素は意識して摂りたいところ。睡眠も前頭前野の活動に直結し、寝不足のときは普段は口にしない暴言を吐いてしまいがちです。自粛生活では不安やストレスから眠りが浅くなった人が多いと聞きますから、自粛警察の出現と関係があるかもしれません。
逆に標的になってしまった場合には受け流すのが最善策。ただ、無視しても攻撃がエスカレートする場合もありますし、叩かれっぱなしでは深く傷ついてしまう人もいるでしょう。であれば、ユーモアのある痛快な返しを考えてみてはどうでしょうか。好例はアーノルド・シュワルツェネッガー氏の受け答え。カリフォルニア州知事選の演説中に生卵をぶつけられたとき、「次はベーコンも頼むよ」と切り返したそうです。そのぐらいウィットに富んでいれば、攻撃の手も緩むのではないでしょうか。
もちろん、いわれなきバッシングはコロナ禍の自粛に限らず、いつでも起こり得ることです。特に歴史が長く保守的な組織は、今までの経験等があるため同調圧力が強いと言えます。自分が標的になったときのリスクヘッジとしては公私に線引きするのも一つの手段です。普段から仕事とプライベートを切り離しておけば、仕事上の人間関係等で窮地に立たされたときも四面楚歌にはなりません。若い人は自然に身につけているようにも思えます。
最近、よく感じるのは集団のなかにいるリスクです。そもそも人類は個体でいるリスクを避けるために集団をつくって暮らすようになったわけですが、ITの進化などインフラが整った現代では、集団に属す必要はないとさえ思えます。私たちはそんなエポックメーキングな時代に生きているのです。

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