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大学&教員の「ダブル意識改革」で効率化を

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構成:野澤正毅 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

教員のほとんどは教育・研究に満足な時間を割けていない

BILANC21「働き方改革」黒田先生 東京大学環境安全本部助教・産業医
黒田 玲子氏(くろだ・れいこ)
大学の教員・研究者について、過重労働の原因の把握や過重労働の削減方法などを研究している。過去の調査報告に「大学等の教育・研究者に対する過重労働対策についての実態調査と、今後の望ましい過重労働対策について」がある。そのほかメディアにて、大学教員・研究者の働き方などを提言している。

~教員は給与所得者であり自営業的な存在

官民一体となった「働き方改革」がいま進められていますが、一筋縄ではいかないでしょう。というのも、職種によって、求められる成果も、働き手のモチベーションも、仕事のスタイルも、まちまちだからです。
大学も、教員のほか、秘書や技術職員、図書館司書など教育・研究をサポートする職種や、事務職といった、いくつもの職能集団に支えられています。東京大学もそうですが、病院や博物館、農場など現業部門を抱えているケースもあります。これらのうち職員は、一般の企業・団体の事務職と同列に論じてもかまわないでしょう。したがって、勤務体系なども、進行中の働き方改革に対応して、見直していけばいいと考えられます。
ところが、働き方改革では一律の基準で論じることができないのが教員です。働き方が特殊である上に、そもそも労働の実態が把握されていなかったため、どのように「働き方を改革」すればいいのか、大学も政府もよくわかっていません。教員の働き方は、教育・研究をサポートするスタッフの働き方も左右します。そこで、まず大学教員の労働実態の問題点と解決策を探ってみましょう。
大学教員の特殊性は、ほかの職種に比べてみるとわかりやすいでしょう(図表①参照)

BILANC21「働き方改革」黒田先生図表

まず、大学からサラリーをもらう「給与所得者」でありながら、仕事の内容や働き方を自分で決める「自営業・自由業」的な職種という点が挙げられます。大学をショッピングセンターにたとえるなら、研究室はテナント。助教のような研究室のスタッフは、「個人商店の従業員」ともいえますが、教授や准教授のような研究室を取り仕切る教員は、労働者である一方で「一国一城の主」、経営者のような存在でもあります。学内には、職位によってヒエラルキーもありますが、各学部の意思決定が教授会で行われるように、民主的な手法で運営されています。つまり、「個人商店の協同組合」のような組織なので、大学が教員に仕事の内容や働き方まで指図するのは難しいのです。しかし、定義上は普通の労働者ですから、問題視されるのですね。

~大学教員の労働時間管理の難しさ

大学の教員は本来、「研究職」としての比重が高いものです。研究論文を執筆したり、学会で研究発表したりといった学外での研究活動もあるでしょう。これが教育活動なら、学生に対するサービスとして労働時間をカウントしやすいのですが、研究活動は、必ずしも研究室に閉じこもって行うわけではなく、フィールドや自宅でも行うことがあるわけです。大学が教員の労働時間を把握するのは、非常に困難なのです。
また、小・中学校や高校の教員は、授業の時間割が決まっているので、勤退管理がしやすいのですが、大学教員は担当する講義やゼミのスケジュールが不規則です。曜日によっては、講義が1コマもないケースもあります。
大学の教員は、一般的な労働 時間の管理はなじまず、「裁量労 働制」が適しています。私自身も 同じ立場なのですが、研究のテー マや時間を自由に決められること は、大学教員にとって大きなモチ ベーションの一つになります。 一般企業に勤務する研究職の 場合、研究テーマは会社の方針で 決定し、自由ではありません。し かし、身分が完全に会社員である ため、労働時間を管理され、その 結果、研究に専念できる時間は大 学教員の約2倍と言われています。 「働きすぎの防止」など労働安全の 観点から、今の働き方改革で導入 された「1カ月間の時間外労働の 上限規制」のような歯止めは、一 般企業に比べて大学の教員に適 用するのは難しいのです。

「URAの導入」と「職員の増員」で業務の「教員一極集中」を避ける

~過重労働の要因は教育・研究以外の業務

とはいえ、私たちの研究で、2017年度に国公私立大学を対象に労働実態のアンケート調査を行ったところ、約6割の教員が「過重労働」と感じ、「疲労感」や「抑うつ感」を訴える教員も少なくありませんでした。その要因は、「教育・研究以外の業務が多すぎること」。そのため、仕事でプライベートの時間を削られたり、研究する時間がなくなったりしているのです。
アンケート調査結果によれば、大学教員の平均労働時間の配分は、①教育活動約30%、②研究活動約30%、③管理・運営業務約30%、④社会貢献活動約10%となっていました(図表②)。

BILANC21「働き方改革」黒田先生図表

このうち管理・運営業務は、教授会や各種大学運営に関する委員会への参加、試験の採点・監督といった業務。つまり、大学教員は労働時間のうち、約3割しか研究に充てていないわけです。
また、教員による学生のケア等の業務にもバランスが重要です。たとえば、現在、大学は入学できれば卒業することがは当たり前と考えられている中で、留年のケア、学生生活のケアまで教員が行うとしたら、それは本当に教員の仕事なのでしょうか。大学の教員のこうした問題を解決するには、教員をサポートする事務局機能(専門スタッフ)を強化したりして、管理・運営業務を圧縮することが先決でしょう。さらに、専門の研究アシスタントであるURA(UniversityResearch Administrator)などのアシスタントや、研究環境の安全衛生を維持改善する専門スタッフを増員するなどして、教員が教育・研究に専念できる環境を整えることも重要です(図表③)。

BILANC21「働き方改革」黒田先生図表

国公立や私立を問わず、大学の多くで現在、研究活動にも競争原理が導入されており、資金を集められる研究室とそうでない研究室の「経済格差」も拡大しています。また、教員は健康等についての意識がとても低いので、大学は何らかの対策を講じるべきでしょう。たとえば、教員自身のヘルスリテラシーを上げる教育の提供や、健康相談窓口の整備などが考えられます。裁量労働制であっても、極端な働き方を続ければ体調を崩してしまいます。そうなる前に(仮に体調を崩しても早期に)相談できる場は必要です。大学が主導して、教員の負担を軽減するための取り組みを進めるべきでしょう。

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