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組織が「生産性アップ」できない三つの理由

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構成:野澤正毅 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

抜本的な業務の見直しで「本来やるべきこと」にあてる時間を増やす

BILANC21「働き方改革」林先生 公認会計士・明治大学専門職大学院特任教授
林 總氏(はやし・あつむ)
外資系会計事務所、監査法人を経て開業。国内外の企業に対し、ビジネスコンサルティング、ITを活用した管理会計システムの設計導入コンサルティングなどを行う。著書は『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』(PHP文庫)、『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA)など。

~「労働時間」ではなく「生産性」がポイント

現在、政府や経済界などが一丸となって「働き方改革」を進めています。労働関連法改正では、①時間外労働の罰則付き上限規制、②年次有給休暇取得の罰則付き義務化、③同一労働・同一賃金(正規雇用と非正規雇用の不合理な差別禁止)の三本柱が盛り込まれ、2019年から順次施行されていることは、皆さんもご存じでしょう。
しかし労働基準法は強行法規であるのにもかかわらず、労働現場では、これらの改革は思うように進んでいません。理由は大きく三つあると思います。一つ目は、表面的な労働時間ばかりに気を取られ、生産性を高める議論がおざなりになっていること。二つ目は、属人的な業務が多く、システムへの置き換えなどが図りにくいこと。そして三つ目が、ムダの排除をはばむ前例主義がはびこっていることです(図表①参照)。
これらの各点について詳しく見ていきましょう。

BILANC21「働き方改革」林先生図表

肉体労働は可能な限りマニュアル化し、ムダを排除する

~「サービス労働者」の業務改善がカギ

まずは、「生産性を高める議論がおざなりになっている」という問題点です。政府は働き方改革で生産性向上を求めていますが、「これまで1時間かけてきた作業を30分で終わらせる方法」のような「合理的な働き方」までは提示していません。
そもそも労働の“質”を無視して、労働時間という“量”だけを論じるのは、19世紀型の古い考え方と言えます。
これが仮に工場であれば、まずは組み立てラインの「流れ作業」のような作業を合理化させ、次に、一部の作業をロボットへ転換させるといった、「労働力の機械化」というプロセスが考えられます。ところが社会が複雑化した現代では、設備投資をするだけでは生産性が上がらなくなってきました。これは、従来の肉体労働生産性を向上させる手法では、新しいタイプの知識労働生産性は向上しないからです。
例えば、業務を改善し、コストダウンを実現するツールとして、ERP(企業資源計画)があります。けれどもERPを導入するには、専門の知識とノウハウを持った人材が必要で、彼らを雇うには、高額の報酬を支払う必要があるのです。ここで改めて、労働者の定義を見直してみましょう。労働者はまず、マニュアルに基づいて働く「肉体労働者」と、行動をリードする「知識労働者」に分類されます(図表②参照)。

BILANC21「働き方改革」林先生図表

知識労働者については、経営学者のピーター・ドラッカーが、「純知識労働者」「テクノロジスト」「サービス労働者」の3種類に分類しています。このうちサービス労働者は、実情は肉体労働がメインになっていますが、本来は頭脳労働者であるべきです。ということは、マニュアルの整備といった業務の標準化やシステム化を進め肉体労働の割合を減少させれば、もっと付加価値の高い仕事に時間を割けるようになり、生産性が向上するはずです。

~属人的な業務は軽減ITを駆使し効率化を

「サービス労働者」と並んで教育分野に多いのは「純知識労働者」です。ここで、生産性向上をはばむ二つ目の理由である「属人的な業務の多さ」が問題になってきます。そもそも日本では、ホワイトカラーのIT化が遅れています。特に教育現場では、いまだ属人的な仕事のスタイルが根強く、業務の標準化やシステム化が遅れているのです。ですから、この問題についても、IT投資を進めて業務を効率化し、経営体質を強化すれば解決できます。
例えば、私が勤務している大学では、システム化に力を入れていて、すでにITによって教員の負担は減ってきており、学生とコミュニケーションを取ることができるようにもなっています。とりわけ今の学生は、物心ついたときからITに馴染んでいる世代。そうした学生のニーズに対応するためにも、教育機関のシステム化は必須でしょう。
システム化を進める前提として、現行の業務の見直しが欠かせません。大学の場合、教務も事務も、仕事のやり方が統一できていないケースがあります。まず業務をできるだけ定型化、電子データ化しましょう。そうすれば、業務を自動化しやすくなります。また、業務を「可視化」することで情報を共有できれば、今まで把握しにくかった仕事のムリ・ムダがわかり、省力化の糸口も見えてきます。また、仕事を切り分け、ときには、それに対応した人を充てれば生産性も向上します。ただ時間を減らすだけではいけません。
研究室の運営は、各教授の裁量に任され、業務管理も自己流が多いなか、システム化は、そうした学内の仕組みを改めるチャンスでもあるのです。教員の多くは、会議や試験監督などのほか、学内の雑務に時間を費やしてしまっています。システム化と適材適所で事務処理を合理化し、省力化すれば、本来の研究に充てる時間が確保できるようになるでしょう。

~本来やるべきことかを検証する

ほかにも、生産性を高める手立てはあります。業務を見直して、選択と集中を進めるのです。
このことは、働き方改革をはばむ第三の理由である「前例主義」の解体を意味します。ドラッカーが「無為のコスト」と呼んでいる、非生産的な業務をカットしていくのです。
代表的なカット対象が、多すぎる会議です。中には、「会議のための会議」と言われても仕方がないような会議もあります。
そこで、学内の議題を横断的に洗い出し、議題が重複している会議を統廃合するやり方もあるでしょう。1人当たりの仕事が多く、やるべきことが多い場合は、業務によっては外注化したほうが、生産性が向上するケースもあります。本来やるべきことの時間を増やさねばなりません。
社員は会社の歯車ではなく、オーケストラのトッププレイヤーなのだとよく私は話します。業務の見直しやシステム化で、教職員の意識を変革し、価値を生み出す仕事ができる環境を作らねばなりません。それが、真に目指すべき、働き方改革ではないでしょうか。

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