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「高校生で資質・能力は決まる」その現実に、大学がすべきこと

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私立大学等を取り巻く状況は刻々と変化し続けています。
今回は、高大接続や学校と社会をつなぐ調査について、桐蔭学園理事長の溝上慎一先生にお話をうかがいました。

bilanc21特集記事
左から学校法人桐蔭学園 溝上慎一理事長、当財団 主査 德田 隆信 


※2020年4月発行BILANC vol.21に掲載
構成:野澤正毅 
撮影:加々美義人 
編集:プレジデント社

~ 能力習得は18歳がピーク

德田 溝上先生は長年、心理学、教育学の研究に携わられ、とりわけ、若者を主対象とした「アクティブラーニング」に力を入れてこられました。2018(平成30)年に京都大学から桐蔭学園に移られたあとも、アクティブラーニングの研究と実践に本格的に打ち込んでいらっしゃいます。アクティブラーニングになぜ注力されたのでしょうか。

溝上慎一先生(以下、「溝上」) 高校や大学では、各教科における基礎知識や教養、専門的な知識を習得しながら、他方では、社会で生き抜くための「資質・能力」を生徒や学生に身につけさせることが必要です。そこにアクティブラーニングが大きな役割を果たすとみているからです。
実は、人間の資質・能力は、大きくは18歳までに決まってしまいます。私は、京都大学在職中の約22年間にさまざまな調査や研究を重ね、そのことを明らかにしてきました。高校のときに資質・能力・学ぶ意識が低かった学生は、大学入学後にも基本的にはそのままです。学びの習慣は大学生になって、突然には生まれないのです。最近では、大学で学生をもっと教育する必要性が論じられていますが、そもそも学生の資質・能力が不足していると、教育の効果も上がりにくいわけです。

德田 資質・能力は、学力とは少し違うのですか?

溝上 資質・能力は学力の一部です。政府からは学力の三要素として示されています。「計算が速くて正確」「知識が豊富」といったものだけが学力なのではなく、コミュニケーション能力や表現力、思考力、さらには探究心、学習意欲、社会性なども含めて学力は考えられています。実際、偏差値の高い有名大学にも、コミュニケーション能力などの資質・能力が低い学生が少なからずいて、社会に出てから苦労する人がいます。学力は卒業後の仕事・社会との関連で理解されるものですから、それは学力が十分ではないことを示唆します。

德田 高校生までに決まった資質・能力が伸び悩んでしまうという調査結果をご紹介いただけますか。

溝上 わかりました。私は、大手予備校の河合塾との共同研究で、さまざまな大学に進学した全国約4万5000人の高校生を対象に、2013(平成25)年から10年間の大規模追跡調査を行っています。その中で、「他者理解力」「計画実行力」「コミュニケーション・リーダーシップ力」「社会文化探究心」という四つの資質・能力について、高校2年生から大学4年生まで変化を調べました。その結果、大学4年次まで生徒の資質・能力の傾向に、大きな変化はほとんど見られませんでした。
つまり、資質・能力は、「大学以後」ではなく、「高校以前」で大方決まってしまっており、その意味で課題は「高校以前」の教育課程にあると考えられます。

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高校2年生から大学4年生までの成長を追った過去の調査で、顕著な伸び率を示した項目は一つもなかったという。(提供:溝上慎一理事長)

~ 資質と能力を伸ばす教育

德田 なるほど、ショックな調査結果ですね。それにしても、大学生の学力低下が問題視されている今、高校以下でアクティブラーニングを強化しなければならない理由は何でしょうか。

溝上 知識の習得は、現行の教育課程でも対応できますが、コミュニケーション能力や社会性といった資質・能力は、アクティブラーニングでなければ伸ばせません。しかも、資質・能力は幼少時以来の発達を基礎にした積み上げですので、大学生になってからでは遅いのです。だからこそ私は「大学に入ってから生徒が伸びると思うな」と、高校の教員にハッパをかけるのです。
ところが、高校までの教育課程は知育に偏重し、アクティブラーニングのカリキュラムが不十分です。日本の若者の資質・能力を高め、世界に通用する人材に育て上げるには、教育制度の改革が急務と考えています。

德田 とはいえ、国の教育制度改革でも、高校までの教育課程には「体験学習」のようなアクティブラーニング型のカリキュラムがだいぶ取り入れられてきています。それでも不十分なのでしょうか。

溝上 2016(平成28)年に新学習指導要領が公布され、2019(平成29)年から順次小学校から高校にかけて施行されます。その中で、「主体的・対話的で深い学び」を組み込んだ授業を行うことが求められています。高校までの教育では、この主体的・対話的で深い学びがアクティブラーニングに相当しますので、その意味では政府ができることとしては大きく前進したと言えます。実際に高校の現場で、アクティブラーニングをまったく取り入れない、無視するといったことは、私の見る限りでは深刻には起こっていません。
ただ、資質・能力を育てるためのアクティブラーニングになっているかという視点で見ると、非常に深刻な教師間・学校間格差が生まれてきています。質の高い取り組みと、形だけのグループワークや活動をさせるだけの取り組みとの差が大きい。グループワークに参加しなくても注意されない、発表で声が小さくても正されない、多様な考えが出されても最後は「正解はこうだ」と教師がまとめて終わる、そんなことが普通に起こっています。頑張らなくても注意されない、いろいろ考えを出してもはじめから教師は答えを持っている、といったことでは、生徒はもう一つ上を目指して頑張ろうとはしません。活動を通して可視化された生徒の学ぶ姿勢を指導してこそ、生徒の資質・能力は育てられるのです。ここが大きな課題です。
 

~ 大学に求められる教育改革

德田 とはいえ、高校までの教育の知育偏重を是正し、アクティブラーニングを強化するのは、大学ではなく、国や高校までの教育機関が中心に取り組むべき課題ではないのでしょうか。

溝上 政府は三位一体の高大接続と称して、その一つに大学入試を変えることでこの問題に取り組んできました。しかし、うまく進んでいません。仮に進んだとしても、本質的にはやはり入試が変わるからではなく、生徒・学生の将来に向けてアクティブラーニングを通して資質・能力を育てると、現場の教師が理解しなければいけません。入試問題に記述やスピーチが入っても、対策的な学習が新たに生まれるだけです。大学入試が変わることを私は否定しませんが、本質的なポイントを外しては、結局は資質・能力は育たないという結果に終わります。

德田 一方で、アクティブラーニングの機会に恵まれなかった大学生にも、救済が必要だと考えます。私自身も大学受験用の勉強に明け暮れた経験があるのですが、大学でも同じような学生を救済するためのカリキュラムを考えられないでしょうか。

溝上 高校生に比べると難しくなりますが、大学生の資質・能力を伸ばすことは不可能ではありません。重要なのは、学生が自分の中での成長を実感できること。早い段階からアクティブラーニング型のカリキュラムを取り入れ、達成感を味わえるようにすると効果的でしょう。また、そのために、その学生に何が不足しているか、教学IR※で学生を可視化することが重要です。ただでさえ、大学受験がゴールの学生はモチベーションが下がり気味です。フリーライダー化し、能力が向上しなくなってしまう恐れがあります。

德田 実際に大学での成果はいかがでしょうか。

溝上 大学では、現在ディプロマ・ポリシー(学位授与の方針)に基づく学習成果の可視化・内部質保証を軸とした教学マネジメント改革が進められています。ディプロマ・ポリシーは教育目標にもなりますが、そこでは問題解決力やコミュニケーション力など、アクティブラーニング無しでは育てられない目標が、ほぼすべての大学・学部で掲げられています。しかし、多くの大学・学部はそれを一部のゼミや演習、特別なプロジェクト科目、卒業研究だけで対処しようとしています。4年間の多くの割合を占める講義科目は従来通りという大学・学部が少なくありません。あらゆる講義科目90分のうち、15分でも20分でもアクティブラーニングを組み込んでいくことが、4年間全体で学生の資質・能力を教育目標に向かって育てるポイントとなります。現状の課題はここに尽きます。
 

~ 少子化時代の学校経営

德田 溝上先生は、今年4月から桐蔭横浜大学学長も兼任されるとうかがいました。桐蔭横浜大学の教育改革については、どのように考えておられますか。

溝上 学習が苦手な学生たちの多い大学です。達成感や自己肯定感の低さが容易に見て取れます。しかし、多くの大学ではこのようなボリュームゾーンの学生たちを前に悪戦苦闘していると言えます。桐蔭横浜大学で見せる教育成果が全国に響くものになると思い、やりがいを感じています。
桐蔭横浜大学でもアクティブラーニング型授業への転換はなされています。しかし、私もいますので、もっと上を目指して先生方の授業の相談にのったり研修をしたりしたい。1学年600人の小さな大学ですので、少人数教育や個別指導は充実しています。ここに講義科目のアクティブラーニング型授業への転換をしっかり加えていきたいです。
スポーツ教育振興にかなり力を入れている大学でもありますので、課外活動と学習との関連を組織化していくことも進めています。アルバイトと授業を往復するだけの学生よりは、クラブ・課外活動に一生懸命取り組んで、学習も頑張る、そういう学生のほうが活き活きしていることは一目瞭然です。ここは全国の大学にも響くポイントとなると思います。
桐蔭学園は幼稚園から大学まで抱える総合学園です。仕事・社会への移行(トランジション)を見据えて、奇をてらうことなく、力強い大人へと育てるアクティブラーニングやキャリア教育をはじめとする教育学習を、幼稚園から大学まで、それぞれの特色を出しながら実現させたいと考えています。
他方で、従来の学校教育だけでなく、地域の大人・シニア向けの教育も構築したいと考え、2年前に「トランジションセンター」を設立しました。学園には2000人収容の本格的なシンフォニーホールや文化施設がありますが、単なる公演や展示物を一方通行的に提供するのではなく、主催者と参加者が、そして参加者同士が学び成長するための教育をも提供したいと考えています。各種講座やセミナーを通して、人生100年時代、さらにはこの難しい時代を、仕事・家庭・社会生活において力強く生きるための支援にしたいと考えています。桐蔭学園の所在する横浜市青葉区とその隣接地域には70万人の人びとが生活しています。卒業生6万人、現役の保護者1万人を含めて、学校が大人・シニアを支援する教育とはどういうものか、いろいろ模索して挑戦したいと考えています。

德田 本日は、誠にありがとうございました。

bilanc21特集記事桐蔭学園理事長溝上先生

お話を伺った方
溝上 慎一 氏:
学校法人桐蔭学園 理事長
トランジションセンター所長・桐蔭横浜大学特任教授
学校法人河合塾 教育研究開発本部 研究顧問
専門は心理学・教育学、主な研究テーマは「自己・アイデンティティ形成」「学びと成長」「アクティブラーニング」など。京都大学教授を経て、2019年より現職。『アクティブラーニング型授業の基本形と生徒の身体性』(東信堂)ほか、著書多数。大学教育学会理事、日本青年心理学会理事なども務める。

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