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令和元年に描く大学教育の未来

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日々目まぐるしく変化する社会において、大学はどうあるべきなのでしょうか。
元号が変わり、人々が未来に目を向ける今だからこそ、改めて「高等教育とは何か」「大学は人々の要求にどう応えたらいいのか」について、大学等の認証評価期間である日本高等教育評価機構の相良理事長と伊藤事務局長にお話を伺いました。

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公益財団法人日本高等教育評価機構 理事長 相良 憲昭 氏(右)
同 事務局長 伊藤 敏弘 氏(左)

※2019年8月発行BILANC vol.19に掲載
構成:吉村克己 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

~ 国際評価は「下げ止まり」

イギリスの高等教育専門誌「THE (Times Higher Education)」が発表する「THE世界大学ランキング2019」で、日本の大学は103校がランクインし、校数がアメリカに次いで2位となりました。
単独では東京大学が順位を4つ上げたものの42位で、世界のトップ大学とはまだ差がありますが、THEは「日本は数年にわたる衰退と停滞を乗り越え、確かな進歩を遂げた」と称賛しています。
その一方で、THEは「日本の大学の大半は依然として衰退、あるいは静止状態」にあると指摘し、競争力の強化には「はるかに大きな投資と国際化の努力が必要」と述べています。

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日本では2004(平成16)年度より、すべての大学、短期大学、高等専門学校が、7年以内ごとに評価機関の評価を受けることが法律で義務づけられました。
これを「認証評価制度」といいます。この制度の目的は、評価することで、研究や教育の質向上を支援する点にあります。
認証評価を実施するに当たり、国立大学と私立大学では特性が異なるため、2004年に日本私立大学協会を母体とする日本高等教育評価機構(JIHEE)が設立されました。
現在およそ350校の私立大学が加盟し、第1期および第2期(2005~2017年度)までに延べ650大学の評価を完了しています。

~ モデルは米国の評価制度

JIHEEの伊藤敏弘事務局長は設立経緯をこう語ります。
「アメリカでは1885(明治18)年にボストンなどニューイングランド地区を担当するニューイングランド地区基準協会が設立され、地区別の大学評価制度が始まりました。現在では6地域に評価団体があります。歴史あるアメリカの評価制度を参考にして、JIHEEを設立、私学に特化した認証評価システムを構築してきました。
アメリカの評価制度は、アクレディテーション・システムと言いますが、その根本精神は、ボランタリー・ピア・レビューという言葉で表現され、大学人同士で自分の所属大学以外を自発的に評価し合い、大学をよりよくするために話し合うというものです。当機構もこの精神にのっとり、多くの評価員が全国を飛び回っています」
現在、加盟大学の教職員および事務職員が半分ずつ評価員となり、1チーム5人体制で認証評価を実施しています。
評価員は献身的に評価業務に取り組んでいます。しかし、制度そのものや評価を受ける大学側などに課題もあると、JIHEEの相良憲昭理事長は語ります。
「アメリカのアクレディテーション・システムは、文字通りボランタリー・ピア・レビューで、政府が関与しておらず、大学が自主的に制定した制度です。各地域に基準協会が分かれているのも、地域によって社会状況や働く場が異なるからです。つまり、卒業生がそれぞれの地域に合った活躍をできるように、地元大学を評価しているわけです。
日本でも本来はそうしたシステムにするべきでしたが、政府の指導のもと、法令化された全国一律の制度として生まれました。そのため、大学は自主的に改善に取り組むというより、認証評価を受けて適合であればよいという形式主義に陥ってしまうおそれがあるのです。大学としても評価を受けるための準備に相当の負担があり、仕方なく受けているという面もあるのでしょう。しかし、学生のためにこの制度をきっかけとして改善し、質を高めていくと考えれば、負担感はないはずです」
大学側としても、評価を1~2巡しか受けていないため勝手が分からないし、様子見という実情もあるのかもしれません。
また、認証評価制度が政府の指導下で行われたことで、学校教育法に基づく大学設置基準や財務状況のチェックも併せて実施するようになりました。これにより教育方針や環境、カリキュラムの評価に特化できず、評価する側もされる側も負担が大きくなりました。
とはいえ、世界大学ランキングを発表するTHEが指摘するように「衰退あるいは静止状態」では、日本の大学の未来もないし、日本自体も衰退しかねません。

~ 評価すべきは学生の成長

認証評価制度では、本来、大学の何をどのようにチェックするべきなのでしょうか。伊藤事務局長はこう説明します。
「基本的には、学生が大学で何を身につけることができるか、そのためのカリキュラムの内容はどうか、という点です。最近の傾向として、資格取得に比重を置いたカリキュラムが増えてきました。もちろん資格のための勉強はいいことですが、大学には、学生本人の自主性をもっと重視してもらいたいと思っています。経済界が大卒新人に求めるスキルも変わってきており、大学教育の付加価値が問われています。学生の満足度を高めれば中退率も下がるはずです」
近年、学生や保護者が関心を持ちそうな学部・学科の新設や、新たな学部・学科名への名称変更が増えていますが、いったい何を学ぶのか分かりにくい場合もあります。
伊藤事務局長は「受験生に対して各校は、この学部・学科ではこんな力が身につくとしっかり示してもらいたい」と語ります。
こうした役割を担うのが、2015(平成27)年に始まった「大学ポートレート」。900以上の大学・短期大学の教育情報をデータベース化し、公開するウェブサイトですが、そこには功罪があると相良理事長は指摘します。
「大学ポートレートは文部科学省の呼びかけで、教育情報の基本データを一律化して受験生や保護者に知ってもらうために始まりました。その理念には賛同しますが、本来は各大学が自らやるべきことで、そんなことさえやる気のない大学は、学生のためにも撤退するべきだと思います」
このように認証評価制度は、大学などの教育内容を「見える化」する役割を担っています。
「率直に言えば、カリキュラム内容の80~90%はどこの大学でも共通しています。残りの10~20%でどのような特色を出すことができるのか、その意識を大学には持ってほしいと思います。例えば首都圏と地方では就職も経済環境も違いますから、学生の卒業後を支援する独自のカリキュラムがあってもいい。また、カリキュラム同士の相乗効果を考えた教育体系も必要です。まだ、この制度では2期が終わっただけで、成果が出てくるのはこれからだと思います。小規模な大学ほど積極的に受審して活用してほしいですね」と、伊藤事務局長は言います。

~ 本来は「大学強化」制度

具体的には、どのようなカリキュラム改革が考えられるのでしょうか。伊藤事務局長は、1990年代に開学したある大学を例に挙げました。
「この大学は当初、募集定員割れをする苦戦を強いられましたが、学生が希望に応じて科目を選べるコース制を導入したほか、教職員全員が経営に参画するスタッフ会議の開催や、若手人材の学長・学部長登用などの改革で受験生が増加しました」
コース制は従来の学科以上に、学生の目指す進路とカリキュラムが明確になります。このため学科制からコース制に切り替えたり、コースを新設したりする大学が増え、徐々に日本の大学も変わりつつあります。
「アメリカのニューイングランド地区基準協会では、評価制度を『大学の窓ふき』と言っています。つまり、窓をきれいにして外からよく見えるようにするという意味です。アメリカの大学は経営・財務状況もすべて公開しています。また、卒業生を大事にしており、活躍している卒業生を社会に向けてアピールするなど卒業後も支援しています。日本でも、就職率や資格取得率ばかりではなく、豊かな人間性や教養を身につけてもらうことを重視し、卒業生を大切にするべきでしょう」と、伊藤事務局長は語ります。
JIHEEでは、欧米の認証評価制度を調査研究する事業も行っており、2016~2017年度の調査では、アメリカの高等教育アクレディテーション機構(CHEA)を訪問しました。
「CHEAでは、優れた教育を行っている大学を表彰し、その成功事例を発表しています。日本でも表彰制度を導入できないか、いま検討を進めています。2018(平成30)年度から始まった第3期では成果事例に焦点を当てていきたいと考えています」と、伊藤事務局長。
相良理事長は「そもそも認証評価という言葉がいけないのではないか」と語ります。
「われわれの仕事は適合の審査ではなく、大学の改善なのですから、大学強化制度と呼ぶ方がふさわしいと思っています」

~ 大学は職員あってこそ

JIHEEでは第3期の重点項目の1つとして、直近の設置計画履行状況および過去の認証評価によって指摘された改善への対応状況などの自己点検評価を進めています。
「法令や設置基準の遵守は前提として、教育環境や学生支援の質は大学側が決めることであり、それを自己点検評価し、私たちはその大学が決めた質を検証するだけです。大学ごとに質は違っていいと思っています。ただし、ちゃんと学生に説明して、約束通りに履行してほしいということなのです」と、伊藤事務局長は語ります。
いっぽう相良理事長は、大学職員への期待を次のように語ります。
「社会はどんどん変わっていくのですから、大学がそこから生じるニーズを取り込んでいくのは当然のこと。ただし、人間性や教養を支える価値教育には一貫性が求められます。1991(平成3)年に一般教養科目必修制が撤廃されましたが、本来はやるべきではなかったと思います。今後、大学経営の改革は事務職員と教員が両輪となって同じ半径と同じ速度で回していくことが必須となります。大学業務は年々、複雑化しており、職員に求められる能力はますます高くなっています」
高度経済成長期には、組織に逆らわず効率よく働く企業戦士が求められていましたが、現在では考える力と専門性と人間力を持った社員が必要とされています。日本の経済停滞も、その原因の1つが教育制度にあることは間違いないでしょう。高等教育機関の改革は、今後の日本の浮沈を大きく左右するに違いありません。私学に寄せられる社会の期待や、私学の果たす役割は、今後いっそう大きくなっていくことでしょう。

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相良 憲昭 氏(左):
公益財団法人日本高等教育評価機構 理事長
伊藤 敏弘 氏:
公益財団法人日本高等教育評価機構 事務局長
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