広報活動

「決めつけ」再検証3つの極意

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構成:野澤正毅 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

事実、環境問題は「科学的根拠」より「政治都合」に左右される

BILANC18「価値観」江守先生 国立環境研究所地球環境研究センター 副センター長
江守 正多氏(えもり・せいた)
専門は地球温暖化の将来予測とリスク論。1997(平成9)年より国立環境研究所に勤務し、海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センターグループリーダーなどを歴任。気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書主執筆者。著書『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(化学同人)、監修書『地球温暖化のしくみ』(ナツメ社)などがある。

~科学的に否定された地球温暖化懐疑論

人の判断基準は、イデオロギーや信条、利害関係といったさまざまなバイアスによって変化します。合理的思考に依拠するはずの科学の世界でも、それは同じです。バイアスにとらわれずに物事の真偽を見きわめ、納得のいく判断を下すために、私たちはどのように行動すればいいのでしょうか。私の研究領域である「地球温暖化問題」を題材に考えてみましょう。
石油や石炭といった化石燃料を大量に使うと、大気中のCO2(二酸化炭素)が増え、赤外線が宇宙に放出されにくくなります。それが地球温暖化の主な原因。地球の平均気温は産業革命以降、約1℃上がっていて、このまま温暖化が進むと、21世紀中にさらに4℃上がるとみられています。すると、極地の氷が減って海面が上昇、大気中の水蒸気も増えるので、台風が増加し、洪水や高潮などの水害が頻発すると考えられています。
一方で、乾燥地帯の干ばつも多発すると予想されています。自然災害が増えれば、生態系が破壊されるだけでなく、水資源や農業といった社会インフラにも打撃を与え、貧困や飢餓を生むなど経済にも深刻な悪影響を及ぼします。それが政治的な争いも招き、世界各地で紛争や難民を増やすかもしれないと懸念されています。
そこで1990(平成2)年以降、国際社会には「地球温暖化を防ぐ」というコンセンサスができ、2016(平成28)年には、今世紀中の地球の平均気温上昇を2℃未満に抑えるという目標を定めた「パリ協定」が発効しました。ところが、「平均気温が上がったとする統計自体が間違っている」「氷河期に向かっているので、温暖化は一時的にすぎない」といった「温暖化懐疑論」も根強く残っています。長年の研究によって、懐疑論は科学的にはことごとく否定されています。しかし、それでも懐疑論が消えないのは、さまざまな社会的、文化的、政治的な背景が横たわっているからです。

~先入観に踊らされない情報の見きわめ方

例えば米国では、保守とリベラルの対立した思想があり、保守である共和党には懐疑論者が多いことで知られています。共和党は、エネルギー産業が主な支持基盤であるうえ、「温暖化対策の規制が自由な経済活動を妨げる」と主張しています。さらに「神が創造した環境を人間が変えられるわけがない」と考えるキリスト教原理主義者にも支持されています。トランプ大統領が、地球温暖化に疑問を投げかけてパリ協定離脱を表明し、物議をかもしたことは、皆さんもご存じでしょう。
日本では、環境保護に関心の高い「原発反対派」が、なぜか懐疑論を支持するケースが少なくありません。「原発推進派が温暖化を政治利用している」という理由からです。確かに、原発には核廃棄物処理といった別の問題があり、環境への負荷が少ないとは必ずしもいえません。原発に反対する方がいるのはわかりますが、それに都合がいいからといって、温暖化懐疑論に飛びつく人が出てくるのは残念です。
このように、社会にはバイアスのかかった情報が満ちあふれています。納得のいく判断を下すには、まず正しい情報・知識を身につけることが欠かせません。そのため私は、次の3つのことをすすめています。
1つ目は情報の裏を取ること。つまり情報の出所を調べて、信憑性を確かめるということです。地球温暖化懐疑論では、米国のエネルギー産業の温暖化を否定するデータが流布したケースがよくありました。論文であれば、引用文献が明記されているので、原典にたどり着けます。難易度は高いのですが、インターネットを活用すると探しやすいでしょう。
2つ目は論理の整合性を確かめること。都合のいいデータだけをピックアップ(チェリー・ピッキング)していると、全体の議論のなかで、論理的な矛盾が生じてしまうことがあります。日本でも有名な懐疑論者が、以前はまったく違う主張をしていたことがありました。
3つ目は恣意性がないかどうかを確かめること。理路整然と客観的な議論を展開しているように見えても、データを都合よく組み立てたロジックで、自分の意見を巧妙に主張する人もいます。見抜くのは難しいのですが、反対論と照らし合わせると恣意性が浮かび上がります。また、自分の意見だけでなく、反対論も踏まえて議論する人のほうが信用できるでしょう。

BILANC18「価値観」江守先生図表

対立意見に「共通点」を見つけるのが歩み寄りのコツ

~対立する価値観は「多様性」として受容

とはいえ、正しい情報・知識を得たとしても、ほかの人にそれをわかってもらい、価値判断を変えるにはどうしたらいいのでしょうか。価値観が多様化しているなか、相手を説得するのは容易ではありません。それよりもお互いの価値観をある程度容認して、妥協点を探ったり、歩み寄ったりするほうが建設的でしょう。私も、懐疑論者と積極的に対話するように心がけています。頑なに考えを曲げない人も多いのですが、なかには温暖化対策に理解を示す人もいます。
さまざまな価値観が相乗りできる解を提案するのも手でしょう。懐疑論が起こる要因のひとつは、温暖化対策に対するネガティブなイメージです。例えばCO2排出を実質ゼロにするため、化石燃料が使えなくなれば、「豊かな生活が送れなくなる」「経済が停滞する」と考えている人は多いのです。
しかし、温暖化対策はマイナス面ばかりではありません。省エネルギーや再生可能エネルギーの開発といった技術の革新、新しい産業の振興にもつながります。温暖化対策での経済成長が価値観の相乗りにより実現できるのです。

BILANC18「価値観」江守先生図表

実は、私は以前、温暖化対策を巡る価値観の対立は解消されないと悲観していました。しかしパリ協定締結に前後して、野心的な目標を掲げる自治体や企業の増加、イノベーションの展望などが見えたことで、「対立が解消されるかもしれない」という希望を見いだしました。
とはいえ、希望をもつだけでは歩み寄りできません。そう思っていたときに聞いたのが、スウェーデンの16歳の環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさんのスピーチです。彼女の「希望よりも行動が大事だ。行動することによってのみ希望が生まれる」という言葉によって、行動の大切さを再認識しました。
問題解決に向け行動し、努力することは、価値観を転換させる可能性を秘めています。人類には、さまざまな価値観を乗り越えて新しい高次の価値観をつくりあげ、それを共有できる英知があると、私は信じています。

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