広報活動

大学におけるリスク管理と広報活動の重要性

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この20年あまりで、不祥事に関する報道が増加しています。近年はインターネットやSNSの普及に伴い、一度出回ってしまった情報は半永久的に残り、完全に消し去ることは困難です。さらに、企業や大学に対して「コンプライアンス(法令遵守)」が厳しく問われる社会へと移行しつつあります。このような中、大学におけるリスク管理と広報活動はどうあるべきか、不祥事とコミュニケーションの関係について研究されている、東京経済大学の駒橋恵子教授にお話を聞きました。

編集:日経BPコンサルティング

BILANC08駒橋先生 東京経済大学 コミュニケーション学部 教授
駒橋 恵子氏(こまはし・けいこ)
東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(社会情報学)。東京経済大学コミュニケーション学部助教授、准教授等を経て2013年より教授。日本広報学会常任理事、PRプランナー認定制度試験委員。著書に『報道の経済的影響』(御茶の水書房)、共著に『信頼できる会社、信頼できない会社』(NTT出版)、『広報・PR概論』(同友館)。「企業不祥事と経営責任に関する一考察」慶應経営論第29号など。

~不祥事と組織コミュニケーションの関係について研究されているそうですが、不祥事が増えてきた背景について教えて下さい。

そもそも組織のネガティブな事件に「不祥事」という言葉が使われ始めたのは1990(平成2)年頃からです。それまでは、例えば高度経済成長期の公害問題は、企業が社会的に悪影響を与えたという意味で大きな不祥事です。たくさんの企業が不法行為の責任を問われて損害賠償の判決を受けていますし、刑事事件として起訴されて、有罪判決を受けた企業も複数あります。しかし、当時は「不祥事」という言い方をしませんでした。謝罪会見もほとんどなく、住民への説明会の映像を見ていてもトップは出てきません。
個別企業の「不祥事」が追及されるようになったのは、経済・社会環境が変わり、企業行動が問題視されるようになってからです。談合や偽装請負、粉飾決算や不正経理、データ改ざんや食品の表示偽装など、大きな不祥事の全ては、何年も続いてきた慣行が、社会環境の変化により厳しく見られるようになったことで、「不祥事」として発覚し、問題視されたものです。JR西日本の尼崎駅付近での脱線事故にしても、事件の背後にある企業体質や業務慣行が、それまで長く続いてきたことを問題視されました。1990年代後半に中央省庁の不祥事が次々と発覚しましたが、これも行政機関をめぐる環境が変わり、例えば護送船団方式の金融行政に規制緩和や市場競争を導入するなど、市場環境が大きく変化する中で発覚した事件といえます。
大学においても、この20年ほどの間に大学をめぐる環境が大きく変わりました。その過程で不祥事が目立つようになってきたのだと思います。わかりやすい例でいえば、私が大学生の頃は、新入生歓迎コンパなどでお酒を飲むのは当然という雰囲気でしたが、現在は未成年者の飲酒が厳しく問われます。複数の大学で、サークルの飲み会で急性アルコール中毒による学生の死亡事件が起きてからは、大学としての管理責任も問われるようになりました。社会環境が変われば、昔と同じことをしても、「不祥事」になってしまうのです。

~大学をめぐる環境の変化とは、どのようなものでしょうか。

簡単にいえば、少子化の進展と、国立大学法人化、デジタルネイティブ世代の入学、保護者の意識変化、そして2020年の入試改革です。
少子化は市場の絶対規模が減少するわけですから大きな問題で、1974(昭和49)年に209万人だった出生数が2005(平成17)年には105万人と半減しています。それなのに大学の数は20年間で1.5倍になって、定員割れの大学が約半数になり、2013(平成25)年には文科省の解散命令を受ける大学が出ました。2004(平成16)年の国立大学法人化で、大学経営の透明性が求められるようになりました。アカデミックな領域だった国立大学にも「マネジメント」が必要になり、今や私立大学にも波及しています。研究費の使途や業者との関係など、研究活動の内容についても厳格なチェックが入るようになりました。職員の就業時間管理も厳しくなり、残業代の未払いが発覚した大学も多数あります。
学生の質も変わり、ただ講義を行い、教室の黒板に板書をするだけでは親切な教育とはいえず、アクティブラーニングなど参加型の学習や、ITを駆使したワークショップなど、新たな授業方法の工夫が求められています。ファカルティ・ディベロップメント(FD:教員が授業内容・方法を改善し向上させるための組織的な取組み)のための研修会などもありますし、教育活動についても変化が求められるようになりました。
さらに保護者の意識も変わりました。昔は大学の成績に口を出す保護者はあまりいなかったと思います。今では成績のよくない学生の相談会に、ご父母が付き添って来られることもあります。大学の教職員が全国で保護者会を行っていますが、「うちの子はちゃんと授業についていけていますか」などという熱心な質問も出るようです。
そして2020年にセンター試験は廃止され、入試制度が大きく変わります。旧共通一次試験から約40年間続いた試験がなくなるわけで、これは市場の大変革です。
こうした環境変化に対応するために、大学教員は大教室で講義をするだけではなく、きめ細かく出欠をとったり、レポートをこまめに採点したりという作業が教育の現場で求められます。また、入試の対応から、キャリアセンターと連動した就職指導まで、様々な業務が求められるようになりました。
そして、こうした各大学の取り組みは、ネットを通じて瞬時に全国・全世界へ配信されていきます。大学をめぐる環境は、この20年ほどで大きく変化したのです。

~環境の変化に伴い、大学自体も変化しているのでしょうか。

大学をめぐる環境が変化すると同時に、広報面での競争が激化しました。受験者数を確保するために、大学案内やwebサイトはどこも工夫を凝らしていますし、高校生を対象としたオープンキャンパスも、ほぼ全ての大学で行われるようになりました。
さらに、財務的に詳細な情報を開示して大学の格付を申請したり、経済誌の大学ランキングに掲載されたりする大学も増えています。東京経済大学は2008(平成20)年以来、格付投資情報センター(R&I)の「A+(安定的)」を維持していますが、格付審査を申請する大学数は徐々に増えています。大学ランキングなども詳しい財務指標を公開しなくてはならないため、従来は私立大学が大多数でしたが、近年は地方の国公立大学も次々とランクインしています。
有名大学といえども安泰ではなく、世界の大学ランキングにおいて評価競争にさらされ、対応策を検討しています。産業界からのグローバル人材の育成の要請に伴い、留学生の受け入れ、海外の大学とのダブルディグリーの提携など、大学ごとに様々な改革を行うようになってきました。また、任期付き教員が増加していますし、短期間で研究業績を示すことが求められる傾向にあります。それでいて、実質授業日数や教育活動の増加に伴い、研究時間が減少しているのが現状です。こうして大学や教員が熾烈な競争環境に置かれる中で、論文のデータねつ造や剽窃(ひょうせつ)などの不正が次々と明るみに出ています。
2003(平成15)年からは、社会的・国際的に活躍できる高度専門職業人養成へのニーズの高まりに対応するため、専門職大学院が次々に創設されましたが、司法試験の合格率の低迷により閉鎖に追い込まれた法科大学院もあります。一般の大学院にも社会人学生や留学生が増加しており、大学院に求められる役割も変わってきました。
2015(平成27)年4月1日には、学校教育法及び国立大学法人法等が一部改正・施行され、さらに変化がありそうです。
このように、大学は急激な環境の変化に対応していかなければ生き残れない状況にあります。大学経営に対する目が厳しさを増していると同時に、常に話題性のある情報を発信して注目を集め、魅力ある大学であることをアピールしていくことが必要なわけです。

~環境変化が激しい中で、大学の広報活動の重要性が増しているということでしょうか。

ここでの広報活動とは、大学の広報課業務だけの話ではなく、大学全体としての広報機能ということでお話したいと思います。
広報活動においては、まず、それぞれの組織体を取り巻くステークホルダーを意識する必要があります。企業の場合は、株主、消費者、従業員など構造は比較的シンプルですが、大学の場合、複数のステークホルダーの関係性が複雑です。企業の場合は「お客さま」を大切にしますが、大学は従業員としての教員が学生を評価するわけですから。それだけに、大学としては幅広いステークホルダーに対して、自分たちの思いや活動を伝え、受け止めてもらうことが重要です。

BILANC08駒橋先生図表

大学をめぐる情報は良いことだけが流れるわけではありません。良い情報、悪い情報を含めてすべての情報が、それを受信したステークホルダーのその後の行動に直結します。大学はこのことを自覚することが必要でしょう。
加えて、大学から発信した情報が、さらにメディアを介して、再発信されるということも、留意すべき点です。特に最近はインターネットやSNSの普及により、1つの情報が、色々な形で発信されます。歪曲されたり、誇張されたりして伝わる場合も少なくありません。匿名による書き込みによって炎上するといったことも日常的に起きています。
大学の評判やブランド価値が下がれば、 学生の就職活動にも影響しますし、そもそも優秀な受験生を集めることはできません。 大学のブランド価値を維持・向上させ、生き残りを図っていくためには、大学全体の長期的な広報活動が非常に重要です。
企業は、情報発信により自社製品を知ってもらうと同時に、長期的に企業のブランド価値を上げていくことで、その製品の信頼性も上げていきます。大学にも同様のブランド戦略が求められているのです。

~大学をめぐる不祥事としては、どのようなことがあるでしょうか。

不祥事として、大学名がネガティブな意味で報道された事件の原因は、① 教員の行動、② 学生の行動、③ 職員の行動、④ 組織的なもの、の4類型に分けられます。
教員については、研究費の不正使用や指導学生や院生との不適切な関係、入試問題の漏えい、物品購入をめぐる業者との癒着などがありました。学生については、アルバイト中の不謹慎な行動をSNSで発信して店の信用を失墜させたり、合宿中の行事で死亡事故が発生したり、博士論文のデータをねつ造したりと、様々なレベルでの行為に大学名が冠されて報道されます。もっといろいろありますが、編集部さんが困るようなので(笑)、このくらいにしておきます。
教職員や学生の行動は、それがプライベートなものであったとしても、勤務先や通学先である大学名が大きく報道されてしまいます。それは企業の場合も同じで、社会的に存在感のある組織に属している人が何等かの犯罪に関わったら、そこにニュース性が発生してしまうからで、大学関係者はそうした自覚を持つべきでしょう。

~不祥事の対策として、大学はどのような対応をとるべきでしょうか。

ケースバイケースですので、正解はないというのが正直なところです。しかしながら、肝に銘じておくべきことは、企業と同じで、不祥事が発覚してしまったら、 迅速な原因究明と、適切な謝罪が重要だということです。また、原因究明に関する途中経過を随時報告し、再発防止策を練って公表することも大切です。迅速かつ適切な対応ができなければ、インターネットによってあっという間に情報が拡散してしまう上、たとえそれが間違った情報であっても、一度広まってしまうと消し去ることは難しいでしょう。ですから、一刻も早い対応が不可欠なのです。
また、起きてしまった不祥事に対する事後対応を「クライシスマネジメント」といいますが、それよりもむしろ不祥事を起こさないようにする事前対応の「リスクマネジメント」が重要です。
企業は近年、リスクマネジメントを重視していて、一流企業のトップ経営者は、平時から謝罪会見のためのメディアトレーニングを受けています。何か不祥事が発覚したとき、謝罪会見のやり方が悪く、企業としての誠意が感じられなくて炎上することが多いからです。不祥事が起きてから練習していたのでは間に合わない。だからこそ、平時から「いざ」というときにどのような対応をすべきか、全社的な危機管理マニュアルを整備しているのです。
しかし大学では、広報的なリスクマネジメントの観点で危機管理をしているところはまだ少数です。企業に比べて大学のステークホルダーは多種多様であるにもかかわらず、広報担当者の数も少ないです。
そもそも、日常的に情報発信の姿勢が希薄な大学が多いですよね。プレスリリースをきちんと出していない大学も少なくありません。でも、日ごろからメディアリレーションが希薄だと、いざというときに適切な対応を取れないものです。
日常的に情報発信を積極的に行っていくという姿勢が必要であり、そのためには、頻繁に情報発信ができるような活動を行っていることが前提になります。要するに、大学自体の活動が問われているのです。

~大学にはどのような仕組みが必要だと思われますか?

組織としての広報力を高めるには、教員・学生・職員など、組織構成員の広報マインドを高めることです。まずは大学紹介を積極的に行うことや、webサイトを充実させること、経営の透明性を高めて大学の意思決定プロセスを明らかにすることでしょう。大学の内外へ情報発信を続けていれば、教員同士の研究業績や教育内容がわかりますし、学生一人ひとりが勉学や資格取得、アルバイトやサークル活動などで頑張っている姿が見えてきます。  みんなが頑張っている組織に所属しているというプライドは、「後ろ指をさされるようなことはできない」という抑止力につながりますし、「こんなことをやったら、自分だけでなく、大学のブランドを傷つけることになるのだ」ということを自覚するようになると思います。  特に学生の活動は、良くも悪くも大学のイメージにつながります。不祥事を防止するためといって規則を厳しくするのではなく、自分はこの大学の学生なのだ、という自覚とプライドを持ち、社会常識や倫理にはずれるようなことを自ら抑制するようにすることです。ときどき有名大学の教員や学生が不祥事を起こしていますから、自覚やプライドは大学偏差値とは別物です。  一言でいえば「風通しの良い組織づくり」です。企業で不祥事が起きると、謝罪会見で必ずといっていいほど、「組織の風通しが悪く、情報が上がってこなかった」という言い訳が出ます。  日常からトップダウン型の命令系統で動いている組織では、都合の悪い情報を下から上げることにものすごい勇気がいります。でも、教員や職員の意見がうまく吸い上げられるボトムアップ型の組織なら、自分の言動が大学のブランドに直結していくことを自覚しやすいはずです。

BILANC08駒橋先生図表

~大学の広報で注目しているところはありますか?

全国的に評判になっているのは、近畿大学の「近大マグロ」ですね。水産研究所の研究成果は素晴らしいものですが、商社と提携して大量生産を始めることを許可したことが注目すべき点です。同じレベルの研究成果は他大学でも出ているかもしれませんが、商業的利用については二の足を踏むところが多いです。このような形で全国的な知名度向上に結び付いたのは、大学の広報マインドだと思います。近畿大学の学生は、近大マグロのニュースを見るたび、自分の大学に誇りを持ったはずです。
近畿大学は数年前に民間企業の方が広報担当の職員になり、次々と話題になるような広報活動を仕掛けてきました。入学式のプロデュースに卒業生のアーティストを起用したことも注目されました。2014年、2015年と連続して受験志願者数が日本一になったことは、こうした話題性の高い活動のおかげで知名度を上げたことと関係があると思います。
また、東洋大学も広報マインドの優れた大学です。同大学は組織横断的な広報委員会を組織し、学部の垣根を超えた情報の共有を行っています。陸上部の箱根駅伝や水泳部など、体育会系の学生の活躍も目覚ましいです。大学として本腰を入れて取り組む姿勢があり、新しいプール設備を作り、オリンピックメダリストを育てた有力コーチを准教授として採用し、有力選手の入学を促すなど、長期的な戦略が一貫しています。また、巨大な学食に有名店を誘致してフードコート風のカフェテリアを作って地域住民に開放したり、文科省のスーパーグローバル大学に採択されたりと、話題性のある活動が続いています。もっとも、先日の日本広報学会での研究発表によれば、駅伝で優勝しても、その年の志願者数がすぐに増えるというわけではないようですが、長期的にはこうした広報マインドのある大学活動は評価されていると思います。
一般的に、認知は好意につながり、好意は信頼につながります。普通に考えても、業績を知らない企業の株を買おうとはしないし、よく知らない大学を受験しようとは思わないでしょう。マスメディアやネット・口コミなど、様々なコミュニケーションツールで大学の情報を得て好意を持っているからこそ、受験しようという気持ちになるのです。
近畿大学も東洋大学も、かつては体育会系の学生による不祥事があり、活動停止などの処分を受けました。でも、大学全体の広報活動が活発になってからは、過去を忘れるくらい明るい話題が多く、学生の試合の成績も目覚ましいです。結果的に、両大学とも長期的に見て受験者数は増えていますし、偏差値も上がりました。組織に広報マインドがあり、明るいニュースを提供できるような体制になることは、不祥事を起こさないような体質に改善するための漢方処方なのです。

~風通しの良い組織づくりがブランド価値の向上につながり、不祥事の抑止力になるということですね。では広報担当者は、どのような役割を果たすべきでしょうか。

不祥事というのは、人の気持ちが起こすものですから、教員、学生、職員全員が良好なコミュニケーションを取りながら、自分の大学のブランディングに貢献していくという気持ちを持つことが大切です。
そして、広報担当の職員の方々はその推進力とならなければなりません。学長や理事長など大学の経営者層と連絡を密に取りながら、外部に対して情報を発信していく窓口になるということです。そして、最適なタイミングで、的確に情報を発信していくためにも、ときには学長や理事長に対して耳の痛い進言をすることも必要です。それには企業と同じで、トップ経営者(大学なら学長や理事長)に広報マインドがあり、進言を受け入れるような感性があることが必要です。いずれにしても、教職員が常に情報を共有できるよう、組織内のコミュニケーションをよくして、風通しの良い組織にすることが不可欠です。
また、広報担当者は情報発信に関して、例えば「大学のwebサイトに情報を掲載したから、役目は終了」というのではなく、 伝えるべきステークホルダーに対しては、伝わるまで何度でも伝え続けることが肝要です。
そして、双方向のコミュニケーションを絶えず心掛けることです。例えば東京経済大学の場合は、広報課の職員は比較的、在籍年数が長く、専門的な資格をとったりしています。学内の情報はある程度迅速に共有されていますし、広報課が任命する「学生記者」もいて、大学のwebサイトに学生の視点で書いた記事を掲載したりもしています。そもそも大学全体がこぢんまりしているので、気軽に情報発信や情報共有ができる雰囲気があります。日常の小さな活動や心掛けの積み重ねがリスク管理につながっていると思います。
ここ数年で、多くの大学が広報活動に本気で取り組み始めています。私が所属している日本広報学会でも、大学の広報関係者が増えてきています。東京経済大学は20年前に日本広報学会が設立されたときから法人会員ですが、他の大学でも、この数年で広報課の職員の方が個人会員になるケースが増えました。大学広報の研究会も継続的に行われています。
大学の活動を全国に発信できるかどうか、広報担当職員の力量次第です。大学におけるリスク管理の重要性を認識し、ブランド価値を高める広報活動に取り組んでいっていただきたいと思います。

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