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イキイキ職場のつくり方

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人はどうすればモチベーションを高く維持できるのか。ポジティブに仕事に取り組めるのか。部下のやる気を引き出すためには、どうすればいいのか。みんながイキイキと働ける職場をつくるうえで避けて通ることのできないテーマについて、明治大学政治経済学部の木谷光宏教授に心理学的見地からアドバイスをいただきました。

構成:八色祐次 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

ポジティブ思考でモチベーション急上昇!!

BILANC17木谷先生 明治大学政治経済学部教授
木谷 光宏氏(きや・みつひろ)
人材育成学会会長、広告電通賞テレビ広告審議委員なども務める。専攻は産業心理学。指導する木谷産業心理学ゼミナールでは、商品のマーケティングや企画・開発などに産学連携で取り組む。著書は『地域産業とコミュニティ』(共編著・白桃書房)、『産業・組織心理学入門』(共著・福村出版)、『大学生の就職と採用』(共著・中央経済社)など。

~人生100年時代、複々線的キャリアデザインが重要

私の専門は産業心理学という学問です。これは、今からおよそ100年前にヒューゴー・ミュンスターバーグという心理学者によって提唱された研究理論です。
「仕事に最適な人間の選択」「最良の仕事をなしうるための条件」「人と仕事の接点としての経済効果に関する研究」というテーマに分かれていて、ここから最適の人員を配置するための人事やキャリア開発、最良の仕事をもたらすための職場環境や労働条件の確保、最高の効果を生み出すための商品開発やマーケティングといった、応用心理学の多様な分野が生まれていきました。
この産業心理学をベースに、私見を交えながら、誰もがイキイキと働ける職場のつくり方についてお話ししていきたいと思います。
職場では多くの人が共に働いています。そのため、イキイキと働ける職場にするには、自分自身が心掛けるべきことと、上司や先輩など周りの人が心掛けるべきことの両方がかみ合うことが大切です。まずは、自分自身が心掛けるべきポイントから見ていきましょう。
ロンドンビジネススクールのリンダ・グラットン教授が著書『LIFE SHIFT』の中で「人生100年時代」と語っているように、これからは今まで当たり前のように考えられてきたライフステージやキャリアデザインが通用しなくなっていくと考えられます。すでに一つの会社に定年まで勤め続けるという慣習は薄れつつありますし、定年もかつての60歳から65歳、70歳と、徐々に延びてきています。これまでのライフステージは、大きく「教育」「就職」「定年後」という3ステージに分けられましたが、人生100年時代になるとそのような単線的なものから、複線的・複々線的な生き方が求められるようになります。マルチステージモデルとでもいえばいいでしょうか。
たとえば、基礎教育を終えて社会人になったあと、リカレント教育で学び直してもう一度同じ会社に戻り仕事に活かしたり、新たな会社でそれまでとは異なる生き方に挑戦したりというように、学びと就労を繰り返しながら自分らしい生き方を実践していくのが当たり前になるかもしれません。もっと言えば、人生のほどよいタイミングで学び直さなければ、自分が望むキャリアをデザインできない時代になっていくかもしれません。そのため人生100年時代を生涯現役で働き続けるには、「学び続ける意識を持つ」ことが重要になるといえるでしょう。

~人はイメージで考える生き物

イキイキと働くには、仕事に対するモチベーションを高く維持することも大切です。以前であれば、働く意欲を上げるには、高い給料がもっとも効果的という発想でしたが、モノがあふれ豊かになった現代では、金銭や昇進といった外的な報酬よりも、むしろ達成感や成長という内的な報酬を重視する傾向が高まってきているように感じます。
心理学者のマズローの有名な「欲求五段階説」は、①生理的欲求、②安全の欲求、③所属と愛の欲求、④承認の欲求、⑤自己実現欲求で構成され、①の欲求が満たされると②の欲求が現れ、その次に③が現れ……、というように説明されています。しかし現代は、もしかしたら社会全体が「自己実現欲求」にまで到達しているのかもしれません。もちろん、だからといって給料を上げる必要がないというわけではありませんよ(笑)。
では、成長や達成、自己実現のためには何が必要か? その一つは、成功体験であり、物事を成功させるには三つの力が欠かせないと私は考えています(図表①)。

図表① 自己実現の可能性を高める三つの力
鋭力 物事に集中し、最も大切な局面で本領を発揮する能力。瞬発力。
熱力 物事に取り組む原動力。モチベーションを持続させる力。
静力 物事を冷静に判断する能力。「鋭力」「熱力」とは相補的な関係にある。

運動科学総合研究所の高岡英夫先生によると、精神力の構造は「鋭力」「熱力」「静力」の総和と表現しています。
一つ目は「鋭力」です。これは物事に集中して、ここ一番というときに持てる力を発揮する能力です。
二つ目は「熱力」。これは物事に取り組む原動力になってくれます。しかし、気持ちばかりが先行すると空回りして十分に力を発揮できません。
そこで重要になってくるのが、物事を冷静に判断する「静力」です。これら三つがバランスよく発揮されたとき、成果はおのずとついてくるものです。
静力を鍛えるには、物事を正面から見つめて客観的に分析する訓練を繰りかえすことが効果的です。経済や政治のニュースを耳にしたとき、その背景を分析したりするのでもいいと思います。大切なのは、正確に見極めようと意識しながら見ることです。人間は、自分が思っている以上に、イメージで物事を判断してしまう生き物ですから。「そんなことはない」と思う人のために、一つ試してもらいたい問題をご用意したので(図表②)、ぜひチャレンジしてください。

図表② あなたの「静力」を試す例題
問題:下の余白に一円玉と同じ大きさの円を書いてください。もちろん、実物の一円玉を見てはいけません。書いたあと、下の解説をお読みください。
 
 
 
解説:円を書いたら一円玉と比べてください。実際よりも小さい円を書いていませんか? ある先生の実験によると、約9割の人が小さく書いてしまうそうです。理由は、1円という金額から価値を低く連想するため、円の大きさも小さくなりがちだからです。このことからも、人間はイメージで考えやすく、物事を正確にとらえるには客観視する練習が大切になることがわかると思います。

~「頑張れば手が届く目標設定」がやる気を引き出す

次は、イキイキと働ける職場にするため、周りが心掛けるポイントです。話を分かりやすくするため、上司が部下に対して意識するべきポイントをお話しします。
まず何よりも実践すべきは、ほめることです。ほめられれば誰だって嬉しいものです。この「嬉しい」という快感情は、心理学において動機付けの一つとされています。料理をする人ならわかるかもしれませんが、いつもより少し頑張って料理したとき、食べてもらった人に「おいしい?」と、つい聞いてしまいませんか? そして「いつもと何か違う。おいしいね」と言われると、嬉しさのあまりどこを工夫したのか話したくなると思います。それと同じです。人は自分の努力を誰かに認めてほしいのです。そして、ほめられることで、次回、もっとおいしい料理をつくろうと挑戦する気持ちが湧いてくるのです。
今の若者は、広く浅くスピーディな世代なので、ほめる内容は身近なことで問題ありません。「いつもよりネクタイがおしゃれだね」という程度でいいんです。すすんで仕事に取り組んでいるのなら、そこを認めてほめてあげれば、一層気持ちが入るはずです。また、「一隅挙がれば、三隅挙がる」というように、その人のいいところをほめて伸ばしてあげることで、他の能力も伸ばすことができます。
注意したいのは、ほめることとおだてることは違うという点です。「ほめる」には合理性があります。ほめるだけの理由があるということです。だから、ほめられたほうも「見ていてくれた」「認めてくれた」などと納得しやすく、やる気が喚起されるのです。
もう一つ大切なのは、少し頑張ればクリアできる目標を設定してあげることです。いきなり高い目標を目の当たりにすると、「本当にクリアできるかな……」と不安になり、逃げだしてしまうこともあります。そこで、最終目標から逆算し、頑張ればクリアできそうだと思える小さな目標にしてあげるのです。また、短所を克服することも大切ですが、無理して短所を長所に変えるよりは、長所を伸ばしていったほうがモチベーションを上げやすく、物事に対してポジティブに挑戦できるようになります。
いつもポジティブな気持ちで挑戦しようと思えれば、仕事も面白くなります。このような雰囲気を職場に醸成することが、みんながイキイキと働ける職場づくりにつながるのです。

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