國學院大學「みちのきち」プロジェクト
未来を拓く学校人Date: 2017.11.22
新しい読書スタイルを提案。学生や地域の方に本の魅力を伝えたい!
國學院大學は国史、国文、国法を講究する機関として設立された経緯をもち、図書館は人文社会科学系大学として有数の蔵書数を誇ります。しかし近年、学生の読書時間の減少が明らかに。そこで職員有志が「自発的に本を読みたくなる空間」を発案し、今春、渋谷キャンパスに「みちのきち」としてオープンしました。プロジェクトに携わった3人の職員にお話を聞きました。
構成:吉村克己
撮影:小田駿一
編集:プレジデント社
~学生の読書離れが大規模調査で明らかに
國學院大學は2017(平成29)年4月1日、渋谷キャンパス内に「みちのきち」という独創的な本棚兼読書スペースを開設しました。学術メディアセンターの1階にあり、地域にも無料開放されています。
みちのきちはデザインがユニーク。本棚は、大きな樹のように覆い被さる構造になっており、内部は360度ぐるりと本が置けるようになっています。オープンスペースでありながら、中に入ると、包み込まれるような気持ちになり、椅子に座ってゆっくりと読書に浸ることができます。この日、みちのきちの中や周辺では、学生たちが思い思いに読書をしたり、パソコンを開いたりしていて、本当にくつろいだ様子でした。
ここには800冊の本が収蔵されていますが、セレクションのテーマも実にユニーク。「食べる」「未知なる場所へ」「日常」「日本の来歴」「神聖なもの」「ものがたり」「身体」の7つのテーマです。小説あり、写真集あり、漫画ありと、バラエティが豊かで、ついつい手に取りたくなります。期間限定で、「教員のおススメ本」というコーナーもあり、取材日には法学部長が5冊の本を推薦していました。
みちのきちという名前は「未知のことを既知に変える基地」「人生(道)の迷いに向き合う基地」といった意味と願いが込められています。
「みちのきち-Kokugakuin BookProject」がスタートしたのは、2016(平成28)年の夏休み前のこと。わずか9カ月ほどの短期間で、作り上げたのは10人の若手職員でした。しかも、学校から指示があったわけではなく、自発的に始めたのです。
現場のリーダーを務めた財務部経理課主任の村越美里さんは、こう語ります。「図書館長も兼務する石井(研士)副学長が、予算会議の席で『学生の読書数が年々減っており、1週間のうちに1冊も本を読まない学生が3割を超えている。なんとか歯止めをかけたい』と発言されたのです。それを聞いた私たちは驚いて、話し合いを始めました」
國學院大學 財務部経理課主任 村越 美里さん 学生の読書時間の少なさに 驚き、「何とかしたい」と みちのきちを発案しました |
~部門横断で10人の若手職員を集める
村越さんたちは当初、明確なプロジェクト実行の意図はありませんでしたが、有志で話し合いをするうちに、ブックディレクターとして有名な幅允孝(はばよしたか)さんの力を借りてはどうかという提案があがりました。幅さんは本と異業種を結びつける売り場やライブラリー作りで知られています。 話が具体化し始めると上司も快く賛 同してくれました。そして、財務部のほか広報課や入学課、人事課などにも声をかけ、10人の若手を集めました。呼びかけに応じた財務部経理課の清水猛さんは、こう言います。「すごく面白い試みだと思いました。僕もあまり本を読まない方でしたが、自分も学生も読書したくなるような場所作りに興味がわいたのです」
清水さんは広報やデザインを担当し、情報発信用のホームページやFacebook、TwitterなどSNSの立ち上げも行いました。 財務部管財課の木下健太郎さんは、2 回目の会議から参加しました。
木下さんは管財課で施設の営繕や備品管理などを担当していることから、プロジェクトでも施設管理、そしてオープニングイベントの企画運営も担当しました。「僕は大学時代から本好きだったので、すぐに面白いと思いました。上司からプロジェクトに入らないかと声をかけてもらえたこともうれしかったです」
プロジェクトチームが全員集合することは難しかったので、全体会議は月1回とし、それ以外はメールでやりとりをしました。コンセプト作りで心がけたことを尋ねると、木下さんはこう答えました。 「本を読ませるという強制感を出したくないと思っていました。あくまでも利用者が自発的に本を手に取りたくなる、そういう場にしたいという考え方はみんなに共通していたと思います」村越さんは「町の人にオープンにするので、大学の図書館ではないと考えていました」と語ります。清水さんも同様です。「ゲートもなく、自由に本の持ち出しもできる。大人として良識を持って振る舞うことを前提にした本棚を作りたかったのです。オープン後、実際、一時的に持ち出す人もいますが、ちゃんと戻しているようです」読書スペースの設計は、幅さんの紹介で谷尻誠さん、ロゴデザインは木住野彰悟(きしのしょうご)さんに決まりました。
國學院大學 財務部経理課 清水 猛さん 目指したのは、すべてを 利用者の良識にゆだねた、 ゲートのない自由な読書空間 |
~学生へのヒアリングで関心を持つ本を探る
プロジェクトとしてまず実施したのが、学生へのヒアリングです。日頃、本を読まない学生が、いったいどんな本に関心を抱くのか、幅さんが100冊ほど選び抜き、学生の前に本を並べて、インタビューしました。
「幅さんのセレクションは偏りがなくてさすがだなと思いました。活字本だけでなく漫画もあり、学生が興味を抱くようなものが並びました。啓蒙的にはならずに、自然と好きになりそうな本を紹介しながら、関心の高いテーマを絞り込んでいったのです」と清水さん。
國學院大學だけに、神道や日本の歴史、伝統に関わる本は必須でしたが、それ以外は自由に選び、最終的には冒頭に記した7つのテーマに固まったのです。中でもオープン後は「食べる」が人気だそうです。
準備時間はそれほど残されていませんでした。「2017年4月、新年度にオープンすること」は譲れない約束でした。「一般的に、学校は何事も決断が遅いのですが、一方で専門家の人たちは動きが早い。その点は上司も理解してくれて、即断即決で進めました。4月には学生のみんなを驚かせたいという気持ちで必死でした」と、村越さんは振り返ります。「構造物の設計を進めていく上で、運用後に万が一の事故がないように、安全面には気を遣いました」と木下さん。
清水さんはみちのきちのロゴ作りを担当し、デザイナーの木住野さんと何度も話し合いました。
「何しろ時間がないので、形にしていくのが大変でしたが、なんとか年明けにデザイン案を固めることができました」
國學院大學 財務部管財課 木下 健太郎さん 読書は強制したくない。 自発的に本を手に取る仕組みはないか、 模索しました |
~試行錯誤すれば新たな可能性が広がる
村越さんは、こうしたプロジェクト運営は初めてのことで、最初は戸惑いだらけだったと言います。
「今まで経理課の仕事しかしてこなかったので、部門横断の総合的な仕事は初めて。悩みながら手探りで進めました。見積もりひとつとっても、それが妥当な金額なのかさえわかりません。いろいろと勉強させてもらいました」
こうして、プロジェクトは次第に形になり、みちのきちは完成。本のセレクションと取り寄せも終わり、4月1日にはオープンしました。残す山場は記念イベントのみ。しかし、担当の木下さんは焦り、困惑していました。なんと、イベント内容が面白くないと、先輩に却下されてしまったのです。
「開催の2週間ほど前に、コンセプトから考え直せと先輩に言われました。それまで僕は無難にこなそうとばかり考えていて、何のためにイベントを開くのか、その目的を見失っていたんです。そこで、毎日ひたすら考え、あまり読書をしない学生でもみちのきちに興味を持ってもらえるような内容に変えました」
こうして行われたのが、幅さんをはじめとする協力者と石井副学長のトークショー。学術メディアセンターの入り口からみちのきちまで机を並べ、その上に本を置き、来館者を誘導するようにもしてみました。結果、想定以上の人が集まり、イベントは大成功を収めたのです。石井副学長は「読書がどれほど居心地のいいものか、学生にわかってもらえたら嬉しい。今後は本だけでなく、映画に関する企画もやりたい」と語っています。
オープン後の利用率はまずまずで、地域の人たちも訪れていますが、学生にもっと本の魅力を感じてもらおうと、現在、著名人100人が薦める本を、推薦文とともに1冊の本にまとめる事業を推進中。すでに作家の池井戸潤さんやジャーナリストの池上彰さんの快諾を得ています。
みちのきちプロジェクトは学生に刺激を与えただけでなく、職員間のコミュニケーションの活性化にも役立ったといいます。今後の進化が楽しみです。
大きな木をイメージしてデザインされた「みちのきち」。
中は360度、本棚になっている。 (写真提供:國學院大學)
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