広報活動

把握しておきたい、「退職金制度」の価値(谷内陽一氏)

 一覧に戻る

復習講座

Date: 2025.12.12

人手不足や賃上げ、インフレといった経営環境の変化を背景に、従業員の安心と定着を支える仕組みとして、近年「退職金制度」の重要性が再び注目されています。
今回は、名古屋経済大学教授の谷内陽一先生にお話を伺い、退職金制度のメリットや役割について復習します。

構成:村山京子 
撮影:神出 暁 
編集:プレジデント社

BILANC38谷内陽一氏 名古屋経済大学 教授
谷内 陽一氏(たにうち・よういち)
名古屋経済大学経済学部教授。
厚生年金基金連合会(現:企業年金連合会)、第一生命保険等の経歴を経て、2024年から現職。

~ 多様な役割を持つ退職金

退職金制度とは、従業員が退職する際、勤続年数や業績などに応じた金額を雇用主が支給する仕組みのことです。法律で義務づけられたものではありませんが、日本独自の労働慣行として形成されました。戦後、失業対策などの観点から多くの企業が導入し、普及しました。
1950年代には、9割以上の企業が実施。就労条件総合調査では現在も従業員300人以上の企業では9割を維持し、300人未満の中小企業では8割の企業が導入しています。今なお定着している制度といえるでしょう。
企業における、退職金制度の役割は主に2つあります。
1つは、従業員の不満を抑えるという役割です。アメリカの心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱した「ハーズバーグの二要因理論」によると、人間の仕事に対する欲求は動機付け要因と衛生要因の2つに分けられるとされています。動機付け要因はやりがいや達成感など満足度を高めるもの、衛生要因は労働条件など欠くと不満足につながるもの。従業員の離職を防止し、人材を定着させていくためには、この両方をバランスよく充実させることが大切です。
二要因理論に当てはめると、退職金は、不満足の解消につながる「衛生要因」にあたります。いまだに8割以上の企業が実施する退職金制度が、自分の勤務する会社にないという状況を従業員が受け入れるのは容易ではありません。一方的に廃止すれば、従業員の不満が高まるのは明らかでしょう。
もう1つの役割が、離職や退職の際のトラブルの防止です。従業員の退職は、いつも円満に進められるわけではありません。不満がトラブルに発展して、裁判になる場合もあります。それをあらかじめ静めるための、“和解金”の役割を担うのが退職金制度なのです。
従業員のモチベーションを高めるには給与や賞与の増額ばかりが話題になるのですが、退職金制度の機能も見直されるべきです。

~ “安心感”が人材の定着へ

退職金給付制度には主に退職一時金と企業年金の2種類があり、それぞれにメリットがあります。
退職一時金は、退職時に一括で資金を支給する制度です。事業者側としては、制度設計が比較的簡単で、管理しやすいという利点があります。また給与を上げると、それに準じて企業が負担する社会保険料も増えますが、退職一時金にはその影響がありません。同じ金額を給与として支給するよりも、退職金として支給したほうが、税制面で有利なのです。
従業員側には税負担が軽くなるメリットがあります。通常、所得には税金が課せられますが、一時金として受け取ると、退職所得控除を活用することができます。なにより労働者にとって、退職後にまとまった金額が支給されるというのは、安心感につながるでしょう。
企業年金は、退職金を分割して支給する仕組みで、税制優遇があります。ただし、法的な手続きや規制が多く、中小企業にとっては対応が難しいため、導入しているのは、国内企業の3割未満です。
かつて9割超の会社が導入していた退職金制度。1990年代のバブル崩壊以降は、金額の引き下げや制度の廃止が相次ぎ、2000年以降は導入の割合も減少しました。その後、2013年ごろからは徐々に上向いていきましたが、2018年以降は、また若干低下傾向にあります。
しかし、直近の10年を見ると退職金の金額は変化していません(図表①参照)。退職金の金額は下落の一途、というイメージで語られがちですが、実際はその重要性が再認識されているといえるでしょう。

BILANC38谷内陽一氏

その背景として挙げられるのが、人手不足です。解決策として、給与や賞与の増額は着手しやすいものの、一度引き上げるとそれを維持しなくてはならず、社会保険料も増加するため、企業にとって経済的な負担が増えてしまいます。また、福利厚生としての退職金制度は、企業の安定性を示すもの。優れた人材を引きつけ、定着させる施策となり得ます。さらに、近年のインフレによる賃上げなどが退職金の金額減少に歯止めをかけたと考えられるでしょう。物価上昇に見合った給付水準を確保し、人材戦略と経営戦略の側面から、退職金制度を前向きに見直す動きが見られます。

~ 足元のトレンドへの対策に

一口に退職一時金といっても、その算定方法はさまざま。一般的なのは、給与比例制です(図表②参照)。退職時の給与(退職金の計算基礎額)と勤続年数に応じて、退職金を計算します。支給乗率は企業によって異なりますが、長期勤務の動機になり得ることもあるでしょう。雇用する側としても、管理のしやすさがメリットになります。

BILANC38谷内陽一氏

能力や業績の要素を退職金に反映させたのが、ポイント制です。勤続年数だけでなく、役職や評価などに応じてポイントを付与し、その数に応じて退職金額を算出します。給与と退職金が切り離されるため、基本給を引き上げても退職金への影響がありません。
ただし、成果を反映しやすい一方で、公正なポイント設計は構築と管理に大きな手間がかかり、従業員にとっても、将来の退職金がいくらになるかイメージしにくいというデメリットがあります。
勤続年数に基づいて、あらかじめ支給金額が定められているのが、定額制です。単純な仕組みで導入しやすいという特徴があります。
今、わが国が抱えている人手不足やインフレといった足元のトレンドへの対策として、退職金制度は十分に機能しうる施策です。優秀な人材確保の一手、そして労使トラブルを収める備えとして、有効な戦略の1つと認識し、活用していただきたいと思います。

 一覧に戻る

Top