これから学ぶ!労働法入門の基本(森戸英幸氏)
復習講座Date: 2024.11.29
なかなか他人には聞きづらい「労働法」。
そのルールや改正内容を知らなければ、労使ともに不利益を被る場合があります。
退職金や企業年金制度も含め、知っておきたい「労働法」の基礎知識を復習しましょう。
構成:野澤正毅
撮影:加々美義人
編集:プレジデント社
慶應義塾大学大学院 法務研究科教授 森戸 英幸氏(もりと・ひでゆき) 慶應義塾大学大学院法務研究科教授。1988年に東京大学法学部を卒業後、成蹊大学法科大学院教授、上智大学法学部教授などを経て、2012 年から現職に着任。専門は労働法、企業年金。著書に『プレップ労働法』(弘文堂)、『労働法トークライブ』(有斐閣)など。 |
~時代に合わせてアップデート
この記事を読んでくださっている皆さんは、労働契約に基づいて就労している方が多いと思います。ですが、そのベースである「労働法」を意外とよく知らない、なんて人は少なくないはず。今回はその基本についておさらいします。
労働法とは、使用者(雇用する側)と労働者(雇用される側)の「契約で雇われて働く」関係を規律する法律の総称。労働三法のほか、「職業安定法」や「雇用保険法」といった、労働に関するさまざまな法規も含まれます。戦後から今まで、根本的な考え方は変わっていません。
しかし、時間外労働の上限規制やフレックス制度などの「働き方改革」をはじめとした、労働環境の変化に伴って労働法もアップデートされています。まずはその意義や目的を振り返っていきましょう。
そもそも私人間(しじんかん)の契約については民法が規律していますが、その内容は当事者の立場が平等であることが前提。民法の特別法(民法より優先される法律)として労働法が生まれたのは、使用者の立場が強く、労使間のパワーバランスが対等ではないため、といえるでしょう。
現在のように慢性的な労働力不足で、インターネットで評判が悪くなった企業が採用難に陥る状況を見ると、「労働者の立場は必ずしも弱くないのではないか」と考える人もいるでしょう。ところが、全体的に見ると使用者と労働者との力関係は今も昔もアンバランスなまま変わっていません。
また、労働三法が依拠する「労働者の問題は、労働組合を通じて解決する」という考え方は、現在も継承されています。しかし、日本の産業構造が製造業からサービス業へシフトしたことによって、ホワイトカラーが増え、結果的に労働組合に加入する人の比率(組織率)も低下しました(図表①参照)。
労働組合の重要性は変わっていませんが、労使紛争は労働組合よりも労働者個人と企業という個別事案が増加しています。こうした変化に柔軟に対応するべく、労働法は改正されてきました。
~法律はその国の事情を反映
労働法には労働基準を定める強行的な規定(事業主が必ず従わなければならない法規)があります。これらの法律は労働者が不当な扱いを受けないよう、日本社会の状況や背景に合わせて制定されました。労働法では、こういったその国の“事情”を反映することが非常に重要視されています。
例えば、退職金制度とリンクして話題になりやすい「長期雇用制度」は、日本の雇用事情に合わせて成立した労働慣行の一つ。日本では長期雇用を是とする企業が多かったため、ニーズにあわせる形で慣行が確立しました。現在でも、多くの日本企業が長期雇用制度を採用しています。
よく欧米と比較される解雇規制は、この日本の長期雇用制度を前提として成立された労働法です。雇規制の緩和に向け、「金銭解決制度」の検討については、長年議論されているものの進んでいません。それは日本の労使の多くが長期雇用を望んでいるため、制度の導入に乗り気ではないからです。加えて、ジョブ型の雇用が定着しない日本では、転職も有利とは言い切れません。このような背景を無視して、一部分の意見や取り組みを日本全体のルールにしてしまうと、不都合が多くなってしまう場合があります。このように、法律はいろんな立場からの観点で考える必要があるのです。
これに対して、労働人口の減少、女性の社会進出や定年延長など、社会的な課題には国として対応しています。また低成長時代を背景に非正規雇用が増えている問題についても、正社員と非正規職員の不合理な待遇差をなくすため(図表②参照)、「パートタイム・有期雇用労働法」などの法律改正が実現されました。
そもそも日本の長期的雇用慣行は、正社員が主流な社会。しかし時代の変化によって、非正規職員は年々増加しており、彼ら・彼女らを保護するような法律が必要になりました。でも、こういった変化を正社員はどこか他人事に捉えがち。会社全体で見ると昇給カーブが低くなるなど、見えないところで大きな影響があるかもしれないので、注意が必要です。
~「退職金」は人材定着の鍵
さて、重要な労働条件の一つと位置づけられている「退職金制度」。長期雇用型の日本社会に適しており、勤続年数が長い労働者ほど多くもらうことができます。また自己都合退職の場合、制度として金額を少なくすることも可能で、労働者の定着を図る人事ツールともいえるでしょう。
加えて、労働者にとっても税制優遇などのメリットがあるため、多くの企業が導入しています。退職金制度のない企業もありますが、福利厚生を重視する最近の若年層は退職金制度にも注目しており、人材確保のツールとしても有効です。ただし、これは「未導入の場合人材が来ない」条件であって、「導入したら必ず人が集まる」ものではありません。
さらに、公的年金の上乗せ給付として、「企業年金制度」を設けている企業もあります。もっとも、企業年金は、実質的に退職金の分割払いに近いケースも多いので、大きくみれば、退職金制度と変わりません。退職金制度は、労働者の終身雇用が崩れたときの資産形成としても役立ちます。今後もビジネスパーソンが自身のキャリアを考えるにあたり、考慮する条件であることは間違いないでしょう。
なお、使用者は退職金制度に独自の条件を付けることができます。しかし、不合理な格差は許されないため、その合理性を説明できなければなりません。これは退職金に限らず、すべての労働条件についても同じことです。古い企業になると、現役の人が説明できない謎の労働条件が存在することがあります。その場合、新しい経営者になったときに、制度自体をなくしてしまうこともあるでしょう。しかし、実はそれが重要な役割を果たしていた、なんてこともあるかもしれません。労働条件や、その基本である労働法は「何のために存在するのか」を考えておくことは、皆さんにとっても“身を守る術”になるはずです。
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