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誰も教えてくれない「残業」のグレーゾーン

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特集企画

Date: 2020.04.03

構成:秋山真由美 
撮影:神出 暁 
編集:プレジデント社

教員に多い「裁量労働」は、残業時間の把握が難しい

BILANC21「働き方改革」新村先生 弁護士
新村 響子氏(にいむら・きょうこ)
2005年弁護士登録、東京弁護士会所属。取扱分野は労働事件、離婚、相続、債務整理など。これまでソフトウェア開発会社の「名ばかり管理職残業代請求事件」などを担当し、労働審判申立は40件以上におよぶ。著書は『ケーススタディ労働審判』(法律情報出版・共著)、ほか論考・講演・取材多数。

~残業時間の上限は月45時間が原則

私は弁護士として、これまでに残業代の未払い、不当解雇など多くの労働問題に関わってきました。さまざまな事例を通して実感しているのは、日本は長い間残業が当たり前になり過ぎていたということです。
一方、ここ数年、社会全体でワークライフバランスの向上、育児・介護との両立、テレワークなどの多様な働き方を受け入れ、残業を減らそうという意識は急速に高まってきています。まさに働き方の過渡期だと言えると思います。
2020(令和2)年4月からは、働き方改革関連法の時間外労働の上限規制のルールが大企業だけでなく、中小企業に対しても適用されます。報道などで目に触れることも多いと思いますが、改めてその内容を見ていきましょう。
まず、働き方改革での残業時間の規定は、「上限は原則として月45時間・年360時間」とされ、特別な事情がある場合でも、「複数月平均80時間以内、月100時間未満」という上限が設けられました。このうち後者に違反した場合には、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金が課せられます。これは、学校法人であっても例外ではありません。
そもそも残業には、「法定外残業」と「法定内残業」の2種類があることをご存知でしょうか? 「法定外残業」とは、労働基準法で定められた労働時間1日8時間・週40時間を超える残業のことです。労働時間が1日8時間、週40時間を超えた場合は25%以上、月60時間を超えた場合は50%以上の割増賃金が支払われなくてはいけません。これに対し、就業規則で定めた所定労働時間は超えているけれども法定労働時間は超えていない範囲での残業のことを「法定内残業」といいます。この場合は残業代は発生しますが、割増は不要です(図表①)。

BILANC21「働き方改革」新村先生図表

深夜・休日のメール対応、「指揮命令下にあった」なら残業の対象に

~みなし残業制でも残業代は支払われる

よく問題になるのが、みなし残業です。その残業代の考え方には2パターンあります。
一つは「固定残業代制」(図表②)。例えば、基本給30万円のうち、月45時間分のみなし残業代が含まれているような場合です。何かしらの手当とあわせて「基本給」+「固定残業手当」などという形で支払われることもあります。これが有効になるには、就業規則や契約書に、「月給30万円、うち基本給22万円、固定残業代(45時間分)8万円」と、あらかじめ決めた残業時間と金額の内訳を記載し、従業員に周知しておかなければなりません。

BILANC21「働き方改革」新村先生図表

もう一つは「裁量労働制」です。これは、厚生労働省が定めた専門業務や企画業務にあたる職種が該当し、私立大学の教員は、専門業務型裁量労働制にあたるのではないかと思います。例えば、1日の労働時間を8時間とみなして設定した場合、日によって6時間や10時間だったりしても8時間働いたものとみなされて、残業代が発生することはないという制度です。制度の導入には労使協定が必要です。
ちなみに教員といっても、公立の場合は「給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)」という特別な法律が定められていて、法律も仕組みも全然違います。
いずれの制度も、正確な労働時間が管理できず、長時間労働になりやすいこと、正しく残業代が支払われない可能性があることが問題視されています。
会社の指揮命令下に置かれていた時間が1日8時間を超えていれば、たとえそれが1分でも残業です。企業によっては残業時間を15分単位や30分単位で計算し、それに満たない時間を切り捨てて処理している場合がありますが、それは違法です。固定残業代制が設定されていても、テレワークであっても、時間外労働に対してはきちんと残業代が支払われるべきなのです。
とはいえ判断が難しいのが、その残業時間が「会社の指揮命令下だったかどうか」ということ。始業時間は9時だけれど、8時45分から全員参加の朝礼や清掃があるというような場合は残業として認められますが、始業時間よりも早く出社してトイレに行くのは、多くの場合、残業とは認められません。また、勤務終了後に自宅作業をしたり、土日にメールや電話の対応をしたりするケースは、本来は残業に当てはまりますが、証明が難しく、裁判でもあまり認められていません。

~残業とハラスメントはセットで対策する

やっかいなものとしては、個人の意思でサービス残業をしているケース。例えば、毎朝30分以上早く来て仕事をしているのにタイムカードを押さないような人です。仕事に対する姿勢は素晴らしいのですが、もしも放置すれば、雇用者側が法律違反をしていることになってしまいます。2019(平成31)年4月に労働安全衛生法が改正され、各企業は従業員の「労働時間の状況を客観的に把握する」ことが義務化されたからです。これは、裁量労働制や管理監督者も含め、すべての人が対象になっています。
また、勤務時間外に上司が部下に連絡をしたり、メール返信を強制したりすることは別の問題もはらみます。残業としては認められなくても、個の侵害としてパワーハラスメントにあたる可能性があるのです。企業は残業だけではなくハラスメントについても正しく認識し、対策を講じなくてはいけません。そういった意味でも、管理職はますます難しい立場になっていくと思います。
仕事の効率や生産性も大事ですが、忘れてはいけないのは、8時間労働制は労働者の健康を保障するためにはじまった概念だということ。個人の能力やスキルの差を認めた上で、8時間という限られた時間の中でできる仕事を振り分けることが重要です。労働者側も、「自分の職場の就業規則を確認する」「毎月の労働時間を把握する」「残業代が正しく支払われているかを確認する」などで自衛することが大切でしょう。

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