高年齢者雇用安定法改正への対応
復習講座Date: 2021.12.10
-働き方の多様化に応じた人事制度を-
撮影:石橋素幸
構成:江頭紀子
編集:プレジデント社
学校法人を含む事業者は、2021(令和3)年4月の「高年齢者雇用安定法」(以下、「高年齢法」という)改正にどのように対応すればよいのでしょうか。「実態調査」の結果を受け、特定社会保険労務士の吉開久子さんに、お話をうかがいました。
特定社会保険労務士 吉開 久子氏(よしかい・ひさこ) 日本女子大学(社会保障制度専攻)卒。都市銀行、公立学校講師等を経て、2004(平成16)年吉開久子社会保険労務士事務所を開設。 |
~高年齢法の改正について
高年齢法の改正について まずは、改正の流れについて説明します。2006年に、それまで努力義務だった、「65歳までの定年の引き上げ」「継続雇用制度の導入」「定年の定めの廃止」のいずれかの措置を講じることが義務に変わりました。
継続雇用制度とは、現に雇用している高齢者を本人の希望によって、定年後も引き続き雇用する制度です。大きく分けると、定年でいったん退職し退職金を受け取り、新たに雇用契約を結ぶ「再雇用制度」と、定年で退職とせず引き続き雇用し退職金支給は退職時に行う「勤務延長制度」の2つがあります。
2013年には希望者全員に対して、65歳までの継続雇用制度の導入が義務付けられました。直近の厚生労働省の調査からは、99.9%の中小企業が高年齢者の雇用を確保していることが明らかになっています(2020〈令和2〉年『高年齢者の雇用状況』)。そして2021年4月に、65歳までの雇用義務に加え、70歳までの就労機会を確保することが企業の努力義務になりました。
~「 就業確保」5つの方法
今回の改正の背景については、「年金財政が悪化していること」「少子高齢化が進行するなか、働き手の不足が予想されること」に加え、働いている60歳以上の9割近くが70歳以上まで働きたいという「健康で就労意欲の高い高齢者が増えたこと」(内閣府『 令和2年版高齢社会白書』)があげられます。
改正後の具体的な項目を見ていくと、以下の5つとなります(図表②参照)。
いずれの措置も、現段階では努力義務です。これらの点について解説します。
①と②は2013年の改正とほとんど同じ文言で、違うのは65歳が70歳に変更された点です。改正前は、ほとんどの民間企業が一度定年を迎えた社員に対して、1年契約の嘱託雇用などの継続雇用制度を設けていました。③は継続雇用が70歳まで延びたものですが、違うのは事業者同士が契約すれば、他社での継続雇用が可能となった点です。改正前は、子会社や関連会社などの『特殊関係事業主』でしか認めていませんでしたが、継続雇用先が拡充されました。例えば、A大学で定年まで働き、B大学で70歳まで働くということでもよいのです。
以上の①②③は“雇用”という形で働く機会を与えています。今回追加されたのが④と⑤で、雇用ではない形で“就業”の選択肢を広げたといえます。
④は、個人事業主として業務委託契約を結ぶことですが、⑤は社会貢献事業なので、例えば、地域住民に大学の知見を生かして講座を開くことを目的とした財団をつくることなどが考えられます。私立大学等では対応しやすいのではないでしょうか。
ただ、現実的には④と⑤は、雇用と同じくらい事業者に責任を負わせることになります。どのような仕事をどのような条件でしてもらうかをしっかり話し合わなくてはなりません。さらにその計画について、労働組合等の同意が必要です。労使双方が納得のいく制度をつくるのは簡単ではないため、まずは①~③の“雇用”という形が取り組みやすいでしょう。ただその際も、仕事内容の変更と併せて処遇の見直しが不可欠です。注意していただきたいのは、「定年前と同条件で雇用を継続する必要はない」ということです。金銭面で下がるなら責任を軽くする、労働時間を短くするなど、雇用者に寄り添って考えていきましょう。
~事例に学びトラブル回避
「私立大学退職金財団の令和3年度退職金等に関する実態調査」(以下、「実態調査」という)では、70歳までの雇用努力義務化を受けて制度を改正した維持会員は1%台にとどまり、半分以上が「検討していない」と回答しています(図表③参照)。
しかし、これまでの改正の流れとして、まずは努力義務を課し、普及したら義務化に踏み切っていることをふまえ、今のうちから、義務化に向けた準備が必要であることを意識するとよいでしょう。また、今回の改正は罰則がない努力義務であるとはいえ、一般的にあまりにも後ろ向きな企業に対しては行政指導が入る恐れがありますので、注意が必要です。
では、このような状況で、今回の改正では具体的にどのような準備を進めていけばよいのでしょうか。まずは、高年齢法の趣旨を理解し、労働裁判の判例などの情報を集めることがおすすめです。
2013年に65歳の雇用確保が義務化されて以降、「定年後再雇用」の流れをとる事業者が多くありましたが、その処遇を巡り多くの労働裁判が起きています。例えば、“定年を機に賃金は下がることは違反ではない”とした判例(長澤運輸事件・2018年判決)がある一方、“高年齢法の趣旨に沿わない著しい賃金の低下は、労働者の期待と大きく違い雇用確保義務を満たしていない”という裁判例(名古屋自動車学校事件・2020年判決)もあるのです。判例はインターネット上で見ることがきでるので、労使協議を誠実に行っているかなど、裁判官の判断や裁判の焦点を読み込んで、処遇づくりを心がけるとこうしたトラブルを避けられるでしょう(※最高裁判所の判例を「判例」、それ以外の裁判所の判例を「裁判例」としています。)。
また企業は、70歳までの就業確保対象者を限定できますが、「客観的な基準を設けること」が重要です。例えば、継続雇用の対象者を“会社が認めた者”などの抽象的な表現などで企業の自由な裁量で決定した場合は、無効とされる可能性もあります。“懲戒処分を受けたことがない者”という表現も、そもそも、その懲戒処分自体が正しかったのか、というところまで遡って争うケースがあるため、注意が必要です。
さらに注意点として、雇用延長は公平性が必要です。例えば、優秀なAさんを無条件で給与を下げずに70歳 まで勤務延長した場合、Bさんからも同様の扱いを求められるでしょう。規定より定年年齢を実質的に延ばすことになりかねず、注意が必要です。
~助成金も視野に賃金設計を
助成金も視野に賃金設計を 高齢者雇用に関しては、やはり処遇の問題が大きく、「評価制度の整備」が必要です。そのためには早い時期から賃金設計を見直し、原資を確保することが重要で、そこで有効な手段が助成金の活用です。
まず、定年を廃止した事業主などに支給される「65 歳超雇用推進助成金」、2021年度の受付は終了しましたが、2022年度以降、内容が拡充される可能性があります。そのほかに、新たに65歳以上の方を雇用した場合の「特定求職者雇用開発助成金」、定年退職して再雇用の段階で賃金が大きく下がった場合に65歳までの労働者に支給される「高年齢雇用継続給付金」もあります。
手続きを手間だと感じる方がいるかもしれませんが、申請条件のハードルは高くないので、賃金原資を確保する手段として活用することをおすすめします。
さらに、ぜひ賃金設定をする際に知っておきたいのが、「在職老齢年金制度」です(図表④参照)。
在職老齢年金とは、厚生年金に加入している60歳以上の者が、働きながら受け取る老齢厚生年金で、年金と給与に応じて年金額が減額される制度です。65歳以上の場合は、給与と年金を合算して47万円を超えると、超えた額に応じて年金が減額されます。つまり、事業者は高齢者に「年金が満額もらえるところまで給与を落とす」選択肢があることを提案できるのです。65歳を過ぎたら給与と年金の合計が収入になりますので、現役時代と比べても大きく下がらず、労働者に納得してもらいやすいのではないでしょうか。また、年金を受給しながらも引き続き厚生年金に加入しますので、70歳で年金額が再計算され、将来の年金額が増えることになります。
なお、定年年齢に関しては、実態調査の結果から、私立大学等の教職員では「65歳」が増加傾向にあります(図表⑤参照)。さらに、継続雇用制度を設けている割合は、教員では68.8%、職員では78.5%という結果でした。
~高齢者のニーズに配慮
次に、こうしたことを考えていく中で見落としがちなのが「働く高齢者のニーズ」です。高齢者は必ずしも今までと同様にフルタイムで働きたい人ばかりではありません。どんな働き方をしたいのか、丁寧なヒアリングをすることをおすすめします。自社では難しい場合、国家資格であるキャリアコンサルタントや、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構の高年齢者雇用アドバイザーを活用するのもよいでしょう。
では、こうした方向性が見えてきて、実際に就業規則等を改正する際には、どんなことに留意すべきでしょうか。就業規則は事業主が定めるものですが、労働基準監督署に届けるときには労働者代表の意見書が必要です。また、一般的に労働組合等との合意には時間がかかります。特に今回は大きな制度改正となるので、じっくり時間をかけて考えていく必要があるでしょう。
なお、労使間で結ばれる契約について基本的なルールを定めた労働契約法では、有期労働契約が更新されて通算5年を超えると無期転換できますが、これについては「第二種計画認定・変更申請書」を労働局に提出すれば、定年後再雇用した場合の期間雇用の更新については無期転換の必要はありません。
~若い世代の希望につなげるチャンス
最後に、若い次の世代とのバランスについても留意しておく必要があります。これまで説明した高齢者の働き方や、給与の問題は現役世代に直撃する大きな問題となるからです。
もし、給与の総額や人数の枠が決まっている場合、定年前の高い役職、高い給与のまま70歳まで雇用しようとすると、結果的にこれからを担う若者(現役世代)の昇給機会や就労機会を奪ってしまいます。そこで、例えば国家公務員のような原則昇給停止(55歳など)で給与を調整するのではなく、役職手当などを外して、役職者以外の職員と同様の業務を行ってもらうなど、継続雇用への準備段階で調整することが重要です。昇給停止の場合、昇給スピードが以前と異なる現在では、給与の世代間バランスも崩れてしまい、若い人は生活が苦しくなることが考えられます。もし、雇用延長される方の給与が下がらないのであれば、不公平感が強まり、世代交代もままならず、事業が立ち行かなくなりかねません。そうならないよう早めの準備が重要です。
では「70歳までの就業確保」は、事業者にはどのようなメリットがあるのでしょうか。まず思い浮かぶことは、「若手への指導・教育、それによるスキルの伝承」と「産休・育休等の際の代替として活躍」の2点です。働く意欲のある高齢者は、若手社員の良き指導者となり、また育児や介護に伴う休職者のカバーとして活躍している企業もあります。高齢者は培ってきた経験があり、それを生かさずに退職させてしまうのはもったいないですよね。
私立大学等においては、就業確保に向けての動きが始まると、知の異動、人の交流につながるでしょう。
職員であれば、今までの経験等を生かして、就職支援や企業訪問、奨学金申請支援などの業務をフォローすることにより学内を支える役割を担えるのではないでしょうか。いずれにしても大学側は、継続雇用する年齢を周知するなど情報提供し、同時に労働者側も自身でキャリア設計を早くから考えておくことが大事です。
私立大学等で高齢者が果たす役割について、この機会に建学の精神に目を向けて、地域でどう貢献できるかを考えてみることも大切ではないでしょうか。人件費を最適化しながら取り組めば、高齢者もいきいきと働きやすい環境になり、それを見ている若い世代のモチベーションが上がるはずです。そして、教育環境が良くなり事業の質が向上するといった好循環を組織にもたらすでしょう。広い視野で高年齢法を捉え、就業規則等の改正の準備を進めていきましょう。