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五感を刺激する、 絵画 3つのアプローチ

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特集企画

Date: 2023.12.08

構成:秋山真由美 
撮影:山口典利  
編集:プレジデント社

BILANC32「アート」のある生活 佐藤晃子先生 美術ライター
佐藤 晃子氏(さとう・あきこ)
美術ライター。日本、西洋の絵画をやさしく紹介する書籍を多数執筆する。明治学院大学文学部芸術学科卒業。学習院大学大学院人文科学研究科博士前期課程修了(美術史専攻)。著書は『国宝の解剖図鑑』(エクスナレッジ)、『名画のすごさが見える 西洋絵画の鑑賞事典』(永岡書店)、『名画謎解き鑑賞』(KADOKAWA/中経出版)、『アイテムで読み解く西洋名画』(山川出版社)など。

アートに触れたいと思っても、「何をどのように見たらいいのかわからない」という人に向けて、私がお伝えしている美術鑑賞術が3つあります。
1つ目は「実物を見る」。これは、私が大学院で美術史を学んでいた頃、先生から耳にタコができるほど言われ続けていたことです。最近は、画集もクオリティが高く素晴らしいのですが、やはり実物を見ることでしか得られない感動や発見があります。すごく有名な作品でも、実物を見ると「え?」と思うくらい小さい絵だったり、逆に大きかったり。
例えば、かつて社会科や歴史の教科書に必ず載っていた、源頼朝を描いたとされる肖像画の『伝源頼朝像』があります。日本肖像画史上、最も評価される作品の一つで、誰もが一度は目にしたことのある絵なのですが、展覧会で実物を見てみると、ほぼ等身大の大きさに驚かされます。さらによく見ると、目の周りのまつ毛や、強装束(こわそうぞく)に描かれた黒い文様など、細部まで入念に描かれています。その端正な顔立ちと気品に満ちた佇まいは、教科書で見たときの印象とまったく違いました。本物の魅力を知ることは、美術鑑賞の醍醐味といえるのではないでしょうか。

~ツッコミを入れながら、選り好みせずに見る

2つ目のポイントは、「ツッコミを入れながら見る」。これは作品の粗探しをしたり、意地悪な見方をしたり、ということではありません。何か面白いところを見つけるつもりで、積極的に絵と向き合いましょうという意味です。
例えば、狩野山楽の『車争図屏風』(くるまあらそいず)という作品があります。「源氏物語」の葵の上と六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の行列見物の場所争いをテーマにした屏風絵です。よく見てみると、髪の毛をつかんだり、かかと落としをしたり、ものすごいことになっています。また、争いの見物客の服装が、平安時代ではなく同時代の桃山時代の服装になっている工夫など、「これは面白いな」「これはヘンだな」と感じたポイントが、実は画家が最も心血を注いだ部分であったり、その作品の特徴なのです。
3つ目は、「ジャンルや時代を問わず何でも見る」。人によって好みはあると思いますが、現代アートが好きな人が現代アートばかり、古美術が好きな人が古美術ばかり見るというのはもったいないこと。現代の作品は過去の作品の積み重ねの上にできているものなので、どこかリンクしています。古典から現代まで、時代やジャンルを問わず、いろいろな作品を見ていくと、徐々にそれぞれの特徴や持ち味がわかってくるのではないでしょうか(図表①参照)。

BILANC32「アート」のある生活 佐藤晃子先生

~日本画の展示期間は短い。見たい絵は事前に要確認

絵画を見るのに、美的センスは必要ありません。そもそも絵画は、難しいものではないからです。まずは作品を見て、「これ何だろう」「かわいいな」「嫌だな」「好きだな」と感じることが、アート鑑賞の第一歩です。
とはいえ、ある程度の予備知識があったほうが、より理解がしやすくなるのは確かでしょう。しかし、予備知識といっても難しく考える必要はありません。西洋絵画なら、神話によく登場する神々の特徴や聖書の有名な場面など、いくつかの約束事だけ覚えておけばいいのです(図表②参照)。

BILANC32「アート」のある生活 佐藤晃子先生

ただ、西洋絵画は油彩など西洋の技術を用いて描かれますが、日本絵画は和紙や絹の上に、墨などで描かれます。西洋美術で有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』は、フランスのルーヴル美術館に行けばいつでも見ることができますが、一年中飾っていても平気なのは、耐久性のいい油彩で描かれているから。一方、日本の国宝である長谷川等伯の『松林図屏風』を見ようと、所蔵館である東京国立博物館に足を運んだとしても、見られないことがほとんどです。日本絵画は紙や絹などのもろい材質に描かれているので、作品を100年、200年先まで守り継いでいくためには、展示と保存の両立を目指して展示期間を制限しなければならないからです。目当ての作品がある場合には、事前に最新情報を調べておくようにしましょう。

~五感をフル活用して非日常を味わおう

何度も美術館や博物館に足を運び、本物を見る楽しみを積み重ねていくと、自然と知識と経験が蓄積され、目が肥えていくのを実感できると思います。
自分の中にデータが蓄積されていくと、同じ時代、同じジャンル、同じテーマ、同じ作家の作品を比べてみることでしかわからない、オリジナリティやすごさに気付くこともあるでしょう。絵画だけでなく、映画や小説などの作品の中にも絵画のエッセンスを発見することもあり、面白みが増します。まだ世間にあまり知られていない画家や、注目されていないジャンルを発掘したいという意欲が芽生えるかもしれません。
美術館でのアート鑑賞は、非日常感を味わえるところに大きな魅力があります。気に入った作品に没入すると、日頃のストレスや都会の喧騒から解放され、リフレッシュすることができます。しかも、映画館のように決まった時間を座って過ごさなければならないわけではなく、早足で見たり、じっくり見たり、その時の気分に応じて自分のペースで鑑賞することができるのもうれしいポイントです。
気になった展覧会は、早めに予約を済ませて、会期がはじまったらすぐに出かけるのがおすすめです。平日働いている人が見に行けるのは土日だけ。会期終了まで余裕があると思っていたら、うっかり見逃してしまったということも少なくないので、すぐに予約しましょう。また、会期の後半は混雑することが多いので、早めに出かけるといいでしょう。
当日、時間に余裕があれば、音声ガイドを借りてみてください。作品を丁寧に解説してくれます。最近は、俳優や声優が解説を担当したり、作品に関連する音楽がBGMになっていたりと、楽しい仕掛けが満載です。美術館に併設されたカフェやミュージアムショップで、展覧会に関連したグルメやグッズを楽しんだり、旅先に行きたい美術館のある町を選んだりするのもいいですね。絵画鑑賞は小さな一歩から、一生飽きることのない趣味になるはずです。

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