デジタルとの良いお付き合い
特集企画Date: 2024.07.22
構成:江頭紀子
撮影:野瀬勝一
編集:プレジデント社
医師、早稲田大学スポーツ科学学術院 教授 西多 昌規氏(にしだ・まさき) 大学病院などで幅広い精神科臨床に長年従事。睡眠科学や睡眠障害に関心を持ち、人間を対象とした研究をハーバード大学やスタンフォード大学などで行う。アスリートのメンタルケア、発達障害も専門とし、2017年より早稲田大学スポーツ科学学術院にて教育研究に従事。著書に『眠っている間に体の中で何が起こっているのか』(草思社)など。 |
デジタルとは「ほどほどの距離感」が、長続きの秘訣。
便利さの裏には意外なリスクも。
“ちょうどいい”使い方を考えてみませんか?
私たちの生活に欠かせない、スマホやパソコン、タブレットなどのデジタル機器。毎日どれくらいの時間触れているか、意識したことはありますか?
総務省の「令和4年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によると、1日当たりのインターネットの利用時間は年々増加傾向にあります。2012年は71.6分だったのに対し、2022年には倍以上の175.2分という結果でした(図表①)。年代別では、20代が264.8分と最も長く、続いて30代の202.9分、10代の195.0分と並びます。中でも「モバイル機器」(スマホを含む携帯電話全般)の1日あたりの利用時間は、10代~60代のどの年代でも、他のデバイスの利用時間を上回り、20代ではなんと200分を超えています(図表②)。
また、SNSを含む「ソーシャルメディア利用」は、10代および20代の平均利用時間が、他の年代よりも大幅に長い傾向となっています。デジタル機器を介したコミュニケーションは、若い世代にとってはもちろん、ビジネスパーソンにも浸透しています。
デジタル機器の利用は、仕事やSNSの利用に留まりません。今は、飲食店での注文や支払いをタブレットやQRコードで行うことも珍しくなく、私たちは日常的に、その便利さを享受しており、その影響は非常に大きなものとなっています。
生活の上ではもはや必需品であるデジタル機器との上手な付き合い方について、精神科医・早稲田大学スポーツ科学学術院 教授の西多昌規さんに、お話を伺いました。
電子機器が「体・脳・心」に与える影響
ライフスタイルや世代にもよ りますが、1時間、スマホを手放した状態でいられないようであれば、依存度が高い状態であると考えられるでしょう。
便利さの反面、デジタル機器を無意識に長い時間使い続けることが、心や身体に大きな負担をかけてしまっていることも知っていてほしいと思います。
今回は、デジタル機器が「体」「脳」「心」にもたらす影響を解説しながら、デジタルとうまく付き合うコツを紹介します。
~体の不調と疲れはスマホが遠因かも
体に与える影響として最も耳 にするのが「肩凝り」です。これは、本来緩やかなカーブを描いているはずの首の骨が、画面をのぞき込む前傾姿勢によってまっすぐになってしまう「ストレートネック」が原因です。通称「スマホ首」とも呼ばれています。人間の頭は体重の約10%を占め、ボウリングの球ほどの重量があります。本来は首のカーブによって重さが分散されているのですが、画面を見るためにうつむきがちになることで、大きな負担がかかります。長時間、このような前傾姿勢を続けていることにより猫背になって、首の筋肉が硬化した結果、首の血管や神経までを圧迫してしまいます。そのため、首の痛みや肩凝り、頭痛などを引き起こすのです。
ビジネスパーソンにとっては、日常的にパソコンで仕事をすることで必然的に椅子に座っている時間が長くなることも、肩凝りの原因と考えられます。紙の文化の時代、チャットツールやオンライン会議が発展する前の時代には、こまめに立ち上がって同僚のところに行ったり、会議室に移動したりと、座りっぱなしでいることは今ほど多くなかったはずです。ところが今は、休憩時間にもなんとなくスマホやパソコンの画面を眺めてしまう人も多く、立ち上がるということが減りがちです。そのため、腰や背中の筋肉が張り、肩凝りの悪化につながるのです。
こうした「座りすぎ」は「セデンタリー・ライフスタイル(sedentary Lifestyle。座りっぱなしの生活)」と呼ばれ、肩凝りのように短期的な悪影響だけではありません。脚の血流が悪くなるため、長期的には血管系疾患や肥満、糖尿病などの健康被害につながることがわかっています。座りっぱなしの時間が長ければ長いほど死亡率が高いという報告もあり、セデンタリー・ライフスタイルに警鐘を鳴らす動きが世界的に広がっています。30分~1時間に1回程度は、画面から目を離し、立ち上がるように心がけましょう。
視界のかすみや目の乾きなど、いわゆる「眼精疲労」も多くの人が実感していると思います。スマホの画面を見ている間は、紙を見ているときと比較して視線の動きが小さく、まばたきの回数が減ることから、目の表面が乾燥し、眼精疲労につながりやすいといわれています。
デジタル機器から放射されるブルーライトも、目にはよくありません。ブルーライトは、目の奥まで届く非常にエネルギーの強い波長体で、長時間見ることで、体内時計のリズムが乱れることが知られています。特に、夕方以降に見続けていると、睡眠の質が悪くなったり寝つきを遅くしたりするので、夕方以降にダラダラとスマホを見る癖がついている人は要注意です。また、ブルーライトは、長時間浴び続けていると白内障になりやすいとも指摘されています。
白内障は、加齢も要因の一つと考えられるため、ブルーライトだけが原因とはいえませんが、ブルーライトが老化を促進している可能性は否定できません。
ブルーライトをカットする眼鏡を利用することも対策の一つですが、効果は「かけないよりはいい」という程度。完全にシャットアウトできるわけではないので、過信は禁物です。
~体の不調と疲れはスマホが遠因かも。便利さの一方で脳は疲弊している
次に、脳にもたらす影響です が、デジタル機器の長時間使用は、脳を疲れさせ、注意散漫にしてしまいます。メールにニュースサイト、カレンダー、ビジネスチャット……複数のウィンドウやアプリを、パソコンで開きっぱなしにしていませんか?
今はパソコンの性能が向上したため、いくつでもアプリを開いたまま作業することが可能になりました。「マルチタスク」といえば聞こえはいいですが、実はマルチタスクが、脳を疲れさせる原因の一つ。脳の一度に注意を向けられる「注意資源」には限りがあるため、開いているアプリを使っていなくても、起動させて目に入っているだけで、脳のエネルギーを消費(負担を大きく)し、集中力を低下させてしまうのです。
イギリスのサセックス大学の研究では、動画を見ながら会議に参加したり、ネット検索をしたり、複数のデバイスを頻繁に横断して操作していると、脳の灰白質の密度が低下してしまうことが判明しました。このことは、老化をもたらす一因ともいわれています。
仕事中に、スマホの通知音をオフにしていても、画面にアプリやメールの通知が表示されるだけで気がそれてしまう……きっと皆さんにも経験があるでしょう。そうすると、やっていた仕事が途切れたり、そのまま作業を忘れてしまったりしがち。小さなことの積み重ねで、パフォーマンスにも影響が出てしまいます。
また、デジタル上の画面で見る情報は、紙で見るときよりも頭に入りづらいことがよく指摘されています。目にするのが同じ情報でも、デジタルと紙とでは脳の違う場所が働くから、という説もあがっています。ただ、これは幼少期よりスマホやパソコンに触れ、タブレット学習を体験しているデジタルネイティブ世代には当てはまらない可能性もあり、世代によって感じ方が異なるでしょう。
私のように紙の教科書で育った世代にとっては、紙であれば「あのページのこのあたりに書いてあったな」と位置感覚で覚えていたことが、画面上で見ると、周辺情報が頭に入らず印象に残りづらい感覚があります。加えて、画面上の情報は、本と違って物理的な厚みやページをめくる手触りがないため、「勉強している」「仕事している」という意識になりづらいことも実感しています。
~雑談不足、「即レス」対応。心の負担もアップ
デジタルが与える心への影響も少なくありません。今ではすっかり定着したオンライン会議は、参加者の表情から感情が読みづらく、繊細な話題は出しにくいものです。しかし、オンライン会議は簡単にはなくならないでしょう。雑談にも不向きで、リアルなコミュニケーションとは明らかに異質なものです。この異質さが、特に若者のメンタルに影響を与えています。
例えば、フルリモートの会社において若者が心を病みやすいのは、仕事がわからないときに気軽に聞けない状況が一因です。フルリモートにするのではなく、週2回程度のリモート業務が適切なバランスではないかと、私自身感じることがあります。
オンとオフを完全に分けられなくなってきているのも、メンタルを疲れさせる要因の一つです。スマホの通知でリアルタイムに連絡を確認できる状況は、便利な一方で「すぐ対応しないといけない」と、常に追われているような感覚にもつながりかねません。休日には仕事のメールは見ないようにしたい、と思っても、なんとなくチェックしてしまう人も多いでしょう。
心理的な負担の中でも、若者の「SNS疲れ」は深刻です。1年半ほど前、学生たちにSNSの利用について聞いたところ、「LINEでのリアルタイムなやりとりに疲れる」「不要な情報が次々と入ってくる」などの悩みが挙げられました。相手からの返信が遅いと「見捨てられた」と感じたり、文面が短いと「自分の文章が誤解を与えたのではないか」と、不安になってしまったりすることもあるようです。
SNSのトレンドはめまぐるしく変わるので、学生の悩みは年々変わってきているかもしれません。それでも「過剰に情報が流れてくることで、心理的負担がある」のに「連絡に必要不可欠なツールになっているから、断つにも断てない」という依存状態が本人によって正当化されやすいのは、共通していえることでしょう。
特に若者の場合、友人以外とのコミュニケーションに熟練していないので、相手との距離の置き方、表現の方法、真偽の判断などが難しく、ストレスになりやすいです。SNSは、電話や対面での挨拶、メールのように、確立されたビジネスマナーやルールがありません。どうしたらいいかわからないからこそ、必要以上に気を遣い、心理的に疲れてしまうのだと思います。
~今日からできる、上手に付き合うための「デジタルダイエット」
現在のデジタル機器の利用状況は、「茹でガエル」の状態です。慢性的で、すぐに悪いかはわからないけれど、長期的にみたら危ういということです。なんとなく、自分はデジタル機器を使い過ぎているのではないかという不安を抱えている人は少なくありません。そんな人に向けて、断食のようにデジタル機器を断つ「デジタルデトックス」という言葉が広がりました。「デトックス」とは、「解毒する」という意味です。私は、世の中でいわれているデジタルデトックスとは、「デジタルの悪い要素を排除すること」と捉えていますが、これだけデジタル機器が暮らしに馴染んだ社会で、日中のオンの時間帯にデジタル機器を排除することは難しいと感じています。メールや電話、アプリから完全に切り離され、逆にデジタル機器を使用しないことがストレスになることもあります。ですから「排除する」のではなく、デジタル機器を使用する時間を減らす「デジタルダイエット」を意識するほうが現実的でしょう。
「ダイエット」は、食事や運動をコントロールして、体重を理想の数値に近づけることですから、目標となる数値があります。それと同じように、「数字で現状を把握する」ことから始めましょう。自分がデジタル機器を使用している時間はどの程度で、それをどのくらいまで減らしたいのか、目標値を設定するということです。使いすぎないようにしたいと思いつつ、なかなか行動に移せないのは、体重や血圧のように明確な目標がないと、行動変容を生みづらいからでしょう。
まずは、自分の平均利用時間を把握して、自分にとって適正な時間を考え、その時間よりも増えないように意識することが、デジタルダイエットの第一歩といえます。スマホの場合、スクリーンタイム機能を使えば、デバイス上でどのくらい時間を費やしているのか確認できるので、まずはそれを利用して現状を把握してみましょう。ちなみに韓国の調査では、4時間以上のスマホ利用は健康被害のリスクが上がるという結果が出ています。「仕事以外では2時間の利用が望ましい」というスイスの研究もあります。冒頭でご紹介した世代別の利用時間を確認して、同世代と比較して使い過ぎているようであれば、まずは平均的な利用時間に近づけるように努力する、というのもおすすめです。
~「手放すと不安」なら無理せずできることから
いざスマホを手放すと、なんとなく落ち着かない気持ちになったり、中には眠れなくなったりする人もいます。そんな人は、「スマホを寝室に持ち込まない」ことから始めるといいでしょう。寝る前のスマホ利用や、夜中に通知音で目覚めることは、睡眠の質を低下させます。スマホは寝室に持ち込まず別の部屋で充電をしておく……という習慣であれば、取り入れやすいのではないでしょうか。
寝る前のスマホについて、私はブルーライト以上にコンテンツの影響が大きいのでは、と考えています。刺激的な内容やネガティブな内容、ゲームのように脳を興奮させる内容は避け、何か観たいのであれば、自分自身がリラックスできるものをおすすめします。
日中にできる工夫としては、「アプリの通知を少なくする」「マルチタスクを減らす」「座りっぱなしを避ける」「トイレなど、少しの離席の際にはスマホを持ち歩かない」などが考えられます。
これからの世の中が、ますますデジタル化していくのは確実です。生活を便利にするものですから、過度に心配するのではなく、共存していることを肯定的に捉えたほうが前向きです。デジタルの負の影響は自覚しづらいからこそ、長期的な弊害があるということを理解して、自ら使用時間などを見直していく必要があります。できるところからでいいので、ぜひ試してみてほしいと思います。
同テーマの記事はこちら
○ 脳を正しく休ませる3つの方法:菅原洋平
○ 目覚めが変わる「入眠」大革命:友野なお