広報活動

多摩大学 大都市郊外型高齢化へ立ち向かう実践的研究

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Date: 2022.12.09

「アクティブ・シニア」の活躍を支援!研究課題をブランディング戦略に

BILANC29多摩大学「大都市郊外型高齢化へ立ち向かう実践的研究」

構成:秋山真由美 
撮影:森本真哉 
編集:プレジデント社

~キャンパスのある地域に潜む問題を解決したい

日本最大規模の新興住宅地・多摩ニュータウンは、高度経済成長期に都心の住宅不足を背景に都心のベッドタウンとして人気を博しました。ところが、団地の中に学校や商店街があった多摩ニュータウンも開発から40年以上が経過した今、街の成熟とともに住民の高齢化が進んでいます。
「男性は都心に仕事に出かけ、女性は家事と育児をしていた時代が終わり、子どもは独立して街を離れます。地元にコミュニティーがない高齢者は、定年退職後に外出する機会を失い、引きこもりがちに。地方の高齢化とは違う大都市郊外型の高齢化が生まれているのです」
そう話すのは、1989年多摩市に創設された多摩大学の学長室長・経営情報学部の小林英夫教授です。
「多摩エリアに住む高齢者には、高学歴で、現役時代は海外を飛び回っていたような方も多いので、定年後に時間を持て余すのではなく、その経験と意識の高さを生かし、もう一度活躍してもらえる何かを生み出したいと考えました」
そこで、大都市郊外型高齢化の問題に向き合い、知的探究心にあふれた多摩地域の高齢者の活力を生かしきる社会システムの構築に取り組むことを打ち出します。そして2017年、「大都市郊外型高齢化へ立ち向かう実践的研究 -アクティブ・シニア活用への経営情報学的手法の適用-」として、文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」タイプAに採択されました。

BILANC29多摩大学「大都市郊外型高齢化へ立ち向かう実践的研究」 多摩大学
経営情報学部 実践的ビジネスエンジニアリングコース長 学長室長
小林 英夫さん

地域に根差す大学として
シニアが経験を生かし
活躍できる場を提供したい

~シニアの活動範囲を広げ次世代へ継承する試みとは

具体的な研究内容としては、「課題解決型研究」「事業創造型研究」「世代継承型研究」の3 つの柱があり、その基盤となっているのは、寺島実郎学長監修のもと、各界の著名人がリレー形式で開講している「現代世界解析講座」です。毎週木曜日の午後、多摩地域にいる人たちに大学の“ 知” をフィードバックし、最先端の話を聞いてもらおうと2009年からスタートしました。これまで20万人が受講し、リピート率も80%を超えています。
また、さらに活動の範囲を広げてほしいと、高齢者向けの第一次産業体験ツアー「ジェロントロジー企画」を開催。山梨県南アルプス市と連携し、多摩地域の高齢者と学生が「田植え」「稲刈り」「ブドウの収穫」などの農業を体験し、教養講座にも参加できるバスツアーを実施しています。企画・運営する経営情報学部事業構想学科長の趙佑鎭(ちょう・うじん)教授は次のように話します。
「自然に触れ、何かを育てたり、作ったりする生産活動(第一次産業)に携われば、継続的にコミュニティーに参加できますし、自分の存在価値も感じられるのではないかと考え、企画しました。大学としての社会的意義も持たせつつ、ツアーとしてのエンターテインメント性も大事にしようと、おいしいものや温泉、歴史の講義などの要素を入れるなど、現地の担当者と協議しながら満足度の高いツアーになるよう試行錯誤しています。今年でちょうど10回目になりますが、アンケートでの満足度も高く、毎回70人を超える参加者が集まってくれます」

BILANC29多摩大学「大都市郊外型高齢化へ立ち向かう実践的研究」 多摩大学
経営情報学部 事業構想学科長 学長室 副室長
趙 佑鎭(ちょう・うじん)さん

地域の社会課題に
愚直に取り組む姿勢が
ブランディングにつながる

経営情報学部3年に在籍している野中柊希さんは、寺島学長が直接指導を行うインターゼミに1年後期から所属し、ジェロントロジー企画にも積極的に参加しています。
「普段は接することのない高齢者の方たちと一緒に田植えや稲刈りを体験することは、座学にはない学びがあります。若者と高齢者では見えている世界が違う、経験の質が違うということにも気づきました。今までは、自分が満足できればいいと考えていましたが、自分が得たものは社会に還元すべきだと考えるようになりました。だいぶ先の話にはなりますが、いつか自分も定年退職をした後も学び続けなくてはいけないと思いますし、学びの中で気づいたことはきちんと下の世代に伝えていきたいですね」(野中さん)
2019年と2020年には、これまで学生のみの参加だった韓国・済州島で開催される『平和と繁栄のための済州フォーラム』への高齢者の参加も実現しました。
「学生が4泊5日、高齢者が3泊4日という日程で、朝9時から夕方5時までびっしりセッションを受講します。リレー講座のテーマであるアジア・ダイナミズムに興味を持って集まっている高齢者の方々に、アジアの現在を実体験してもらおうと、学生と同じ学びを提供しようと考案したのです。アジアの問題といえば、中国・韓国との外交問題が浮かびますが、現地に行ってみると、アジアの国々が協力することの大事さを説いていて、“ 中国や韓国は反日感情が強い国だと聞いていたがそんなことはなかった” などの感想もいただきました。参加者同士の関係性も深まりますし、マスコミから伝わる話とは別の側面を実体験できたことにも意義があるのではないでしょうか」(趙教授)

BILANC29多摩大学「大都市郊外型高齢化へ立ち向かう実践的研究」 多摩大学
経営情報学部3年
野中 柊希さん

高齢者との貴重な時間
得た学びや気づきは
下の世代にも伝えたい

~事業計画書を練り直し文科省の事業に再挑戦

実は、多摩大学が私立大学研究ブランディング事業に応募したのは2回目でした。1回目で不採択になり、事業計画書を練り直して再チャレンジして採択に至ったという経緯があります。
「不採択だった1年目、落選した中ではうちが1番だったはずだと思いました。それほど中身には自信があったのです。そこで内容は変更せず、事業計画書をブラッシュアップして再応募することを決めました」(小林教授)
ブラッシュアップのポイントは“見た目のわかりやすさ”。相手が求めているポイントを分析して、各項目の説明に求められる質と分量にしっかりと応えるなどを心掛けました。
「1年目の資料は、言いたいことが絞りきれず、ごちゃごちゃしていてわかりにくかったと思います。それを半年かけて整理し、見る側の視点に立って、わかりやすさに重点を置いて作り直しました。また、研究対象となる高齢者をどう呼ぶかについても非常に悩みました。資料で使用している『アクティブ・シニア』や『マイルド・シニア』などの言葉は、すでにある概念や言葉を使うのではなく、独自に定義したものです」(小林教授)
寺島学長のリーダーシップのもと、月1回の運営会議で議論しましたが、「意見を整理して引っ張っていく推進役が必要だった」と振り返ります。
「無事に採択された背景にはたくさんの教職員の協力があったわけですが、みんなの意見を取り入れるだけではまとまらなかったと思います。どんな仕事も鍵を握るのは1人の存在。事業計画書も学者が書くと抽象的になりますし、実務者が書くと哲学が足りなくなってしまいがちです。その点、小林室長は経営学者であり元エンジニアの実務者でもあるので、寺島学長の時代認識をうまく実務とバランスをとって事業計画書に落とし込んでくれたと思います」(趙教授)

~社会課題に取り組む姿が大学のブランディングに

無事に採択されたことで、2018年度以降は、湘南キャンパスや九段サテライトでのリアルタイム配信、インターネットオンデマンド(録画)による受講も可能になりました。ほかにも、企業や地方自治体と連携して、高齢者向けの人材育成プログラムなどを実施。終了後も、参加者同士が「同窓会」と称して自発的にテーマ設定を行う討議会を立ち上げるなど、さまざまな発展がありました。ところが、5年間の継続支援が予定されていた本事業は、文科省の方針転換により3年で打ち切りとなってしまいます。
「残念ではありますが、もともと補助金のために始めた研究ではありません。無事に採択されたことで、2018年度以降は、湘南キャンパスや九段サテライトでのリアルタイム配信、インターネットオンデマンド(録画)による受講も可能になりました。ほかにも、企業や地方自治体と連携して、高齢者向けの人材育成プログラムなどを実施。終了後も、参加者同士が「同窓会」と称して自発的にテーマ設定を行う討議会を立ち上げるなど、さまざまな発展がありました。ところが、5年間の継続支援が予定されていた本事業は、文科省の方針転換により3年で打ち切りとなってしまいます。
「残念ではありますが、もともと補助金のために始めた研究ではありません。これからも研究は継続しますし、コロナ禍が落ち着けば、対面での交流も再開したいと思っています。医療・防災や都市型農業など、世の中の問題意識の変化に応じて、テーマも変化させていく予定です。南アルプス市へのツアーだけでなく、キャンパス近郊でも何かできたらいいなと思っています」(小林教授)
「大学経営の観点から言えば、今回の取り組みが、大学経営や学生募集に直接貢献しているかといえばそうとは言い切れないかもしれません。ただ、本学が愚直に社会問題に取り組んでいる姿を世の中に見せられたことは十分ブランディングにつながったといえるのではないでしょうか。補助金とは関係なく、本学が取り組むべき研究として根付いたのはよかったと思います」(趙教授)
高齢者との交流機会を得て、地域企業や国際展開を図る企業へ就職する学生も育っています。今後は、大学経営の観点からシニアをターゲットにしたビジネスモデルも考えているそうです。
「シニア層を対象とした研究に取り組んでいるわけですから、学生だけでなく、シニアにも学士や修士を出すことを視野に入れていきたいと思います。終身雇用の時代が終わった今、定年後何歳になっても、学び直していくことが求められます。シニア層の豊富な経験と知識を生かし、若い世代に継承していくことは地域貢献や社会貢献にもつながるのではないでしょうか」
人生100年時代において、注目されるジェロントロジー。多摩大学では、これを高齢者が積極的に社会参画して貢献する主体となり、かつ全世代が健康でより活躍できる新たな社会システムの構築を目指す「高齢化社会工学」と定義しています。これまで大都市郊外型のクローズした世界の高齢者に対して、大学が知的好奇心を刺激する“場” や“機会”を提供することは、世界を広げ、シニアがイキイキと活躍する道筋を作っています。交流を通して、本人だけでなく、若い世代や地域にも還元されていくはずです。地域に根差した大学として、世代を超えた「一生つきあえる大学」になっていくことが期待されています。

※ 私立大学退職金財団では、教職員の皆様にスポットをあてた「未来を拓く学校人」の情報を募集しています。掲載をご希望の維持会員は、当財団までご連絡ください。

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