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「価値観の尊重」と「他者理解」で世界を幸福に!

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道徳とは社会秩序を守るための基準ですから、社会が変われば、道徳も変わります。
国際化が著しく、日に日に社会が変容し続ける現代にあっては、昔ながらの「道徳」を守るだけでは、新たな価値観に対応することができません。
国連職員として勤務したのち、途上国支援のNPOを立ち上げた中村俊裕さんに、自身の体験を通じて感じた「道徳」について語っていただきました。

構成:八色祐次 
撮影:石橋素幸 
編集:プレジデント社

多様な価値観を理解したいのなら、意識して触れてみること

BILANC16「道徳」中村様 米国NPO法人コペルニク 共同創設者兼CEO
中村 俊裕 氏(なかむら・としひろ)
京都大学法学部卒、ロンドン経済政治学院(LSE)比較政治学修士。国連難民高等弁務官事務所本部、マッキンゼーなどを経て、国連開発計画へ。東ティモール、シオラレオネなどの支援プロジェクトに従事。2010年、国連在職中にニューヨークでNPO法人コペルニクを設立。著書は『世界を巻き込む。』(ダイヤモンド社)。

~「あうんの呼吸」は日本でしか通用しない

道徳を考えるうえで「価値観」は重要だと思います。自分と異なる価値観と出合ったときに、そのギャップを、相容れることのできない壁や溝だと認識してしまうと、争いが生じます。宗教対立などは、その典型の一つでしょう。
ここまで大きな問題でなくても、価値観の相違から攻撃的になったり、排除されたりした経験は、多くの人にあるはずです。特に日本人は「集団」を重視し、誰もが同じような価値観を共有してきた歴史があるせいなのか、他の価値観を受け入れることに抵抗意識があるように感じます。日本企業が海外に進出したとき、現地のローカルスタッフに対して「あうんの呼吸」で会話の中から意図をくみ取ることを求めてしまうのも、そのためではないでしょうか。
「自分は海外へ行くつもりはないから関係ない」と思っている人がいるかもしれませんが、これからは無関係ではいられません。最近は、町なかで外国人旅行者を見かけるのは珍しいことでなくなっています。実際、人口減少から、海外からの労働力を受け入れ始めており、日本のコミュニティーにも少なからず変化が生じていると感じています。そのため、異なる価値観をポジティブに受け入れ、自分なりに消化していく力が不可欠になっていくはずです。
それを考えれば、留学生や外国人教員がいる大学は、日本の変化を先取りした環境と言えるかもしれません。読者の中には、異なる価値観と出合い、戸惑った経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。でも、せっかく大学にいるのですから、そうした環境を前向きに活用してはいかがでしょうか。積極的に交流を持ち、すぐには理解できないギャップを感じたら、休みを利用して相手の母国を訪れてみればいいのです。

~ラストワンマイルにテクノロジーを届ける

そもそも私が「国際的な仕事に就きたい」と思ったきっかけは、小学生のころ。法律関係の仕事をしていた父の書類をこっそりと読み、世の中には殺人や薬物などさまざまな犯罪があること、そして、社会のひずみや格差に向き合うことが大切であることを、子どもながらに感じたからでした。高校生のとき、国連が途上国支援など貧しい国の人たちのために活動していることを知ってからは、国連職員が憧れの仕事になりました。
念願叶って国連開発計画の職員になってからは、独立直後の東ティモールや津波の被害を受けたインドネシア、西アフリカのシエラレオネなどに赴任。東ティモールでは国家の基盤づくりに従事し、「世界一貧しい国」といわれたシエラレオネでは大統領支援チームの一員として国家開発計画の策定や政府改革などに携わりました。
いずれも意義深いものでしたが、「ラストワンマイル」といわれる過疎地へ出張するたびに、「自分たちの支援策が、本当に支援を必要としている貧困層にまで届いていないのでは」という疑問を抱くようになっていきました。政府を支援することで社会インフラやサービスを充実させる、国連らしい援助スタイルだけでは、子どもを何人も抱え、わずかな収入で貧困にあえいでいる人たちの生活改善には結 びつきにくいのではないか――この想いが、NPO法人コペルニク設立へとつながっていきます。
コペルニクは、ソーラーライトや簡易浄水器などのシンプルなテクノロジーと、それを必要としているラストワンマイルの貧困層との橋渡しをします。ただ、通常価格では貧困層が購入できないため、寄付金を募って購入可能な金額にまでディスカウントするわけです。無償で提供しないのは、自立を目標にしているからで、わずかであっても自分のお金を払ってもらうようにしています。
これまでに26カ国約50万人の人々にテクノロジーを届けてきましたが、最近は間接的な波及にも力を注いでいるところです。例えば、蜂蜜農家の作業を効率化できる道具を開発して蜂蜜農家の協同組合に所属している農家さんに提供し、その効果を組合内に広めてもらう。そうすることで、私たちが直接届けるよりも多くの人たちに、より早く波及させることができるからです。

BILANC16「道徳」中村様図表
コペルニクでは寄付金を募り、貧困層でも無理なく購入できる金額にテクノロジーをディスカウントします。目標を「貧困層の自立」としているため、あえて有償で提供しているのです。

~都市部ほど心に余裕がなくなる理由

コペルニクを立ち上げてからも、ラストワンマイルの貧しい村へよく足を運んでいます。そこで暮らす人々は、日々生きることに一生懸命です。水道がないため毎日数回遠くまで水を汲みに行き、電気やガスが通っていないため、火をおこすには薪を集めなければなりません。モノがあふれ、さまざまなテクノロジーによって、多くのことが手軽にできてしまう私たちと比べれば、彼らの生活はとてもシンプルです。しかし、そのぶんコミュニティのつながりは非常に強く、助け合いながら生きています。
このようなシンプルな社会では、日本のような情報過多な現代社会と異なり、注意が散漫になることが少ないせいか、心は大らかになり、周囲への気配りもできる社会が構築されているように思います。対照的に東京などの大都市は、仕事もプライベートもタスクが多すぎるきらいがあります。注意するべきことが多いと、一つひとつの事柄へのケアがおろそかになり、モラル低下を引き起こす懸念があります。これは、どちらがいいか悪いかという話ではありませんが、せかせかとした社会に暮らしていると、異なる価値観を受け入れる余裕を持てなくなるのかもしれません。現代の日本人は、そんな社会で生きているからこそ、意識して多様な価値観に触れる必要があるのではないでしょうか。異なる価値観の根っこを理解できれば、むやみに壁をつくり、排除しようとは思わなくなるはずです。
私は一年のうち9割くらいを海外で過ごす生活を続けていますが、最近は自分が日本人だと強く意識するのはパスポートを見せるときくらいのものです。おかげで、国籍で人を区別することはなくなりました。多くの人が、この意識を持つだけでも、世界はだいぶ幸せになると思います。

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