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より主体的な人材を育成するために大学のダイバーシティへの取り組み

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組織における働き方の多様性を意味する「ダイバーシティ」というキーワードが注目を集めるようになり、多くの大学でも様々な取り組みが進められています。ダイバーシティ推進のポイントやメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。ダイバーシティ・コミュニケーションの専門家として、企業のコンサルティングに実績がある株式会社FeelWorksの代表取締役 前川孝雄氏に話を聞きました。

編集:日経BPコンサルティング

BILANC10「ダイバーシティ」前川先生 株式会社FeelWorks代表取締役
前川 孝雄氏(まえかわ・たかお)
人材育成の専門家集団(株)FeelWorks創業者。大阪府立大学、早稲田大学ビジネススクール卒業。リクルートで「リクナビ」編集長などを経て2008年に起業。「上司力研修」や「上司力鍛錬ゼミ」「育成風土を創る社内報」編集などを提供し、250社以上で人が育つ現場づくりを支援。部下を育て組織を活かす上司力提唱者。著書に『ダイバーシティの教科書』(総合法令出版)、『女性の部下の活かし方』(メディアファクトリー新書)など多数。青山学院大学兼任講師。

~FeelWorksでは、ダイバーシティ推進による企業の人材育成や組織構築を支援されています。なぜダイバーシティを重視するのでしょうか。

FeelWorksは2008年に創業しましたが、当時からダイバーシティを意識していたわけではありませんでした。創業以前、私はリクルートで就職や転職、キャリア支援のメディアで編集長を務めてきましたが、そのときに感じていた問題意識がFeelWorks創業のきっかけです。就活中の学生たちが「正社員の内定を取ること」をゴールにしてしまい、就活用のテクニックを求めるだけで、就職後の自分の未来については深く考えていなかったことです。企業も人材育成をする余裕がなく、かつての新卒採用、終身雇用、年功序列といった日本企業の経営、人材育成モデルが瓦解して、即戦力の人材を求めるようになりました。私は日本企業の競争優位は、人を育てる現場にこそあると考えていたので、こうした状況が続けば、日本企業の未来が失われてしまうという危機感を抱くようになりました。そこで人を大切に育て活かす社会づくりへの貢献を志に、この国に「人が育つ現場」を取り戻す活動に従事するFeelWorksを創業しました。その中で信念にしてきたのが、「全ての人に可能性がある」ということ。それは若者や女性、シニア、外国人、障がい者、セクシュアル・マイノリティなど世代や性別、属性、雇用形態にかかわらず、様々な人の成長や活躍を応援することです。

~ダイバーシティが注目されるようになった背景についてお聞かせください。

これはシンプルな話で、人手不足とイノベーション創出の必要性です。日本企業の経営のスタンダードなモデルは、経済成長期に作られたもので基本的に男性が中心になることを前提に設計されていました。しかしバブル崩壊以降の不況と少子高齢化によって、状況は変化しました。若者の数が減って経済が低成長期に入り、従来の男性を中心とした、男性の働きやすい経営、人材育成モデルではパフォーマンスが上がらないということに企業も気づき始め、この閉塞した状況を打破するために組織に多様な人材を入れて、新しいイノベーションを起こす必要があると感じるようになったのです。これは企業に限らず、大学の経営でも同じことがいえるのではないでしょうか。

~大学におけるダイバーシティの推進の現状はどのようにお考えですか。

数多くの大学でダイバーシティ推進のための部署が設置され、専門的に研究する先生も増えているので、ダイバーシティに対する注目や浸透は高まっていると感じています。しかし、ダイバーシティの推進は組織の一部だけでやろうとしても難しく、組織全体の無意識の部分の価値観まで変えていかなくてはならないものなので、意識改革はさらに進めていく必要があります。ダイバーシティは総力戦です。一人ひとりの弱みの克服ではなく、強みを強調し、伸ばしていくのがよいでしょう。
企業にも組織内で温度差があって、「女性活躍推進法」などの政府からのプレッシャーがあるから「とりあえず目標数値だけ掲げよう」という企業もあります。しかし、こういった意識でダイバーシティを推進しようとしても、数値が一人歩きするだけでまったく意味がありません。ダイバーシティは「経営上の危機感」から生まれるものです。危機感が変革のための経営戦略を生み、その戦略上、ダイバーシティが必要になるものなのです。その危機感とイノベーションへの渇望を原動力に、経営戦略上の独自性やコンセプト、作りたい組織を実現するために必要な手段なのです。

~実際にダイバーシティを推進する際に組織として、どのような変革が求められますか。

例えば大学内の女性教員・研究者の比率を上げるための取り組みとして最初に考えられるのは、多くの場合、産休・育休制度や時短勤務制度の充実など、福利厚生や待遇面の改善です。しかし、こうした制度的な整備はもちろん必要ですが、そこばかりに注力することは、本来の意味でのダイバーシティ推進という点では逆効果になりかねません。
ダイバーシティ推進の目的は、単純に人材を多様化させることだけではなく、それによってイノベーションを生んだり、組織に活力を与えたりすることです。企業であれば、3~5年の経営戦略の目標を決定して、そのために能力のある人材を適材適所に配置することです。制度的な支援・優遇措置によって女性が働きやすくなっても、重要な仕事を任されなくなったり、キャリア形成とは関係のない仕事をさせられたりするようになってしまったら、女性が活躍する機会は減ってしまいます。それではダイバーシティの意味がありません。大切なことは働く女性が、妊娠・出産・育児といったライフイベントを迎えたとき、様々な制約を乗り越えて、昨日よりも今日、今日よりも明日というステップアップを実感することができる環境を作り、そのためのマネジメントをすることです。
アメリカの臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグのモチベーション理論でいうと、福利厚生の充実や待遇などで優遇することは「衛生要因」と呼ばれます。育児休業の長期化などの衛生要因を高めることで仕事に対する不満を減らすことができても、よりよい仕事をしようというモチベーションが高まることはありません。一方で、成長実感や達成感のある仕事を任せることは、「動機付け要因」と呼ばれます。意味のあるダイバーシティを実現するためには、衛生要因を高めて多様な人材の比率を増やすだけではなく、それぞれが抱える制約にかかわらず、動機付け要因を高めることができる仕事内容、労働環境を提供することが必要なのです。
実際にダイバーシティを推進する際には、長期的な経営戦略にダイバーシティを組み込むと同時に、現場レベルで"Think future,Act now(未来を考え、今行動する)"ということで、小さな一歩でも構わないからとにかく進めてみることが大切です。例えば女性研究者だけの新しいセクションを作ってみるのもよいでしょう。1年間の目標とKP(I 主要業績評価指標)を設定するなどして成功体験や実績を積み上げることができれば、それを核にした組織全体のダイバーシティを推進していくことができるでしょう。

BILANC10「ダイバーシティ」前川先生図表

~大学が多様性を高めていくことで、どのようなメリットがあるとお考えですか。

多様性が高まれば、研究分野においても従来の男性中心の組織では生まれなかった新たな発想や創造性の向上が期待できるでしょう。また、アクティブ・ラーニングなどの新しい授業スタイルが重視されている昨今では、学生の教育や人材育成という面から考えても、教員にも多様性が求められ、その場がますます広がっていくと思います。
ダイバーシティを実現するということは、多様な人々が高いモチベーションを維持し、自律的に仕事ができる環境を作るということです。ダイバーシティを組み込んだ経営戦略で明確にされた大学のビジョン、目標に向かって多様な教職員の皆さんが生き生きと仕事をしている姿は、学生にもよい影響を与えるでしょう。それが大学の魅力となって、学生数の増加や学生の多様性につながれば、大学の競争力強化にもなるはずです。
また、学生たちも学びの場の多様性が高まることによって、幅広い価値観の共有や啓発が生まれ、より主体的な学びを知ることができるのではないでしょうか。ダイナミックな変革が起きようとする今、多くの企業に求められているのは、多様性の中で自分に必要なテーマを主体的に探求し、持ち味を生かして成長していくことができる人材です。大学が取り組むダイバーシティは、そういう意味でも重要だといえるでしょう。


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